純情ポーカーフェイス

「おはよう」


朝練が伸びたのか、いつもよりギリギリの時間に教室に入ってきた日吉君からの挨拶に、私もおはよう、と返す。
なんとなく聞かれるんだろうと構えていたが、案の定日吉君はそれを口にした。


「お前、昨日テニスコートに来てただろ」

「うん。日吉君がテニスしてるの見たかったんだけどね。ファンの子が多くて全然見えなかった」

「だろうな」


そう言って日吉君は席に座り、今日の1時間目の授業の教科書を机に置いた。
それを見てハッと思い出し、自分の机の中をさぐって、恒例行事のあのセリフを日吉君に伝える。

「今日もラブレター入ってなかったよ」

「そうかよ…というか、いい加減それ言うのやめろ。しつこい」

なかなかキツイことをサラッと言うなぁ、と思いつつ、確かに私もそろそろ言い過ぎだなとは思っていたので素直に納得する。
折角の日吉君に話しかけるいいきっかけだったんだけどな、と残念な気持ちもあるが、日吉君は朝から不機嫌そうなので言い訳はやめよう。


「お前がテニスコートに来たせいで、散々だった」

「日吉君は何もかも私のせいにしすぎじゃない?」

「お前が手を振ってくるから思わず反射で振り返しちまったじゃないか」

「ああ……まさか日吉君が振り返してくれるとは思わなかった」

「……そのせいで、今日の朝から面倒くさいんだよ」


チラリ、と日吉君の視線が教室の入り口の方に向けられる。
もうすぐ授業が始まるというのに何人かの女子達がこちらを見てコソコソと何かを話しているのが伺えた。
なんとなく理由を察して頷けば、日吉君はため息をついた。


「昨日のアレがファンサービスとして受け取られたみたいでな…朝から呼び出されたり後を付けられたり大変なんだよ」


確かに、超ド級無愛想な日吉君が手を振ってくれたなんて、とんだギャップものである。
普段ツンツンしている人間のデレというのは破壊力がすさまじいもので、女子たちに騒がれるのもしょうがないと思う。


「でも、なんとなく気持ちは分かるよ」

「は?」

「昨日、日吉君が手を振り返してくれた時、私も嬉しかったし」

「………そうかよ」


あ、これ私結構恥ずかしいことを言ったかな、と日吉君の様子を伺うと、頬杖をついたままそっぽを向いた。
機嫌をそこねたかと一瞬思ったが、耳が少し赤かったことから、どうやら照れているらしい。


「……典型的なツンデレ」

「は?」

「いや、こっちの話」


これはある意味、女子に人気があるのも頷けるかもしれない。
性格に問題有りな日吉君がモテるのはこのせいなのか?と一人で思案していたら、教室に先生が入ってきた。
1時間目の担当の先生ではないから不思議に思っていれば、なんとその先生から自習だと言い渡された。
朝からいろいろとラッキーである。


「自習か……」


後ろからポツリと聞こえた呟きに思わず反応してしまい、体ごと振り返る。
日吉君は少し眠そうな顔で頬杖をついたまま、机に出していた教科書をしまった。
勉強するつもりは無いらしい。


「あ…そういえば日吉君、もうすぐ試合があるんだって?」

「ああ…全国大会がな」

「日吉君も出場するの?」

「まあな。レギュラーだし」

「へぇ…勝ったら教えてね」

「じゃあ今教えてやるよ。絶対に勝つから」


凄い自信だなと感心しつつ、それほどまでに実力もあるのだろう、日吉君の発言には戸惑いはなかった。
それに、昨日の一瞬しか見ていないが、日吉君がテニスの試合で負ける姿があまり想像がつかない。
………昨日、跡部さんに負けていたけど。



「じゃあ、夏休みはずっと練習なの?」

「当然だろ」

「ふーん」


全国大会は夏休み中にあると友達から聞いていたので予想はついていたけど。
というか全国大会と関係なく普段からテニス漬けの日吉君にはそれは関係ないか。気合いは入るだろうが。


「…お前は何か部活に入ってないのか?」

「何かには入ろうと思ってたんだけどね。考えてたら時期を逃しちゃったんですよ」

「……なんというか、マヌケだな」


言われるまでもなく自覚している。
バレーとかバスケとかバドミントンだとか、いろいろやってみたくて仮入部には参加してみたものの、しっくり来なくてうだうだと悩んでいた。そして、気がついたら入部届けの期限を過ぎていたのだ。
2年になった今でも、勿体ないことをしてしまったなぁ、と後悔している。


「今からでも入部はできるだろ?」

「今更でしょ。もう部内でグループとか出来てるだろうし、入りにくい。
とりあえず、高校では油断せずに行こうと思います隊長」

「あっそ」

「隊長、冷たいですね!」

「もうお前黙れよ」


何だ、昨日跡部さんに負けたから機嫌が悪いのか?と聞きたいのだが、恐らくこれを口にすると確実に機嫌を損ねてしまうだろう。
なんか日吉君って面倒くさいなぁ、なんてしみじみと考えていたら日吉君が私をじっと見てきた。
私の考えでも読もうとしているのだろうか。


「苗字の方が面倒くせぇよ」

「エスパーか、何故わかった」

「顔に出てんだよ馬鹿」


日吉君は最近、呆れた顔からだんだん哀れみの表情で私を見るようになっていないだろうか。
何故だ、そんなに私が可哀想に見えるのか?と首を捻ったら「そうだよ」と返された。
日吉君は遠慮とか配慮という言葉を知らないんだろうか。




20120426 執筆