ポツリとそう言えば、隣の席に座っていた同僚が肘でつついてきた。
「なんだよヤマザキ、ナマエさんのこと狙ってんの?」
「狙うってほどでは無いけど…気にはなるかなぁ」
ニヤニヤしてこちらを見る同僚の視線から逃れるように、少し遠くの席で昼食をとっているナマエさんに視線を移す。
コガネ百貨店の警備の仕事に就いてから彼女のことを知ったのだが、最初は特に印象はなかった。
仕事も比較的真面目だし、ポケモンバトルもそれなりに強いし、なかなかいい警備員であるとは把握してあった。
それが最近、彼女が急に綺麗になったのだ。
なんと表現すればいいのか分からないが、彼女から女性っぽさを感じてやまない。
普段から感じられ無かったわけではないのだが、なんというかこう、色っぽくなったというか…。
「でもまぁ、分かるよそれ。確かに綺麗になった気がする」
「だろ?」
「付き合おうとは思わないけどな」
「失礼だな…」
「何怒ってんだよ。じゃあ付き合いたい、って言えばよかったわけ?」
「それはそれで複雑だ」
「だろ?俺はちゃんと空気を読んで答えたまでだ」
ドヤ顔でそう言う同僚は放っておいて、暫くぼんやりとナマエさんを見ていた。
そしてその日の午後、なんの神のお恵みか、警備場所が1F入り口付近に変更になった。
たしかここはナマエさんが担当のはず、と彼女を探してみれば、ウィンディの隣に立つ彼女の姿があった。
これは、彼女にお近づきになるチャンスなのかもしれない。
ごくり、と息を飲み、平静を装って彼女に近付く。
彼女よりも先に、俺の気配に気付いたウィンディがこちらを向き、それにつられてナマエさんもこちらを向いた。
「あれ、ヤマザキ君?」
「よ、よぉ」
「ヤマザキ君ってF3担当じゃなかったっけ?」
「そうだけど、今日だけここ担当になったんだ。今日はF1でバーゲンやってるし、大変だろ?」
「確かに」
ナマエさんも面倒くさそうにバーゲンコーナーに集る人だかりを見る。
もはや戦争のような状況になっているあそこに行きたくも無く、ただ入り口付近で傍観という名の避難をしている。
「それにしても、今日は凄いな。特に和菓子コーナーの人だかりがなんとも」
「……ああ、それは」
一瞬、ナマエさんの声の音程が下がった。
そして和菓子コーナーの方を見ながら、呆れたように言った。
「エンジュのジムリーダーが何故か和菓子販売してるからですよ」
「……え?」
なんでだ?と思いつつ和菓子コーナーに目を凝らせば、確かに販売員の中に、一人だけ格好の違う人間が見える。
温厚そうな金髪の青年だ。エンジュのジムリーダーは以前テレビで見た記憶があるので、本人であることは分かった。
ただ、何故ジムリーダーがこんなところで販売員なんてしているのかという疑問だけは分からない。
「マツバ、あのメーカーの和菓子大好きなんですよ。お店にも常連で通ってるし。お店の人とも仲もいいし、その関係で今度の出張販売で売り子店員頼まれたらしいです」
「へぇ…。というか、なんでそんなこと知ってるの?」
「あ、私とマツバ幼馴染みなんですよ」
「えっ!」
ジムリーダーと幼馴染みなんて、初めて聞いた。
しかも、話の内容の細かさから、そこそこ会っていると見てもいいかもしれない。
あの優男と仲がいいとなると、ナマエさんの中の男のハードルは高い気がする。
これは頑張れるのか、俺。
「凄いな。いつから知り合いなんだ?」
「かなり小さい頃から。親同士仲がよかったから、その関係」
「…いいな」
「え?」
何が?というようにナマエさんは首を傾げた。
つい本音をもらしてしまった俺は、何か言い訳はないかと必死に頭を回転させる。
そして、ナマエさんの後ろにいるウインディが若干こちらを睨んでいる気がするのは、気のせいだろうか。
「ああ、いや、幼馴染みって羨ましいなぁ、と。俺そういう友達いないから」
「確かに、幼馴染みってなろうと思ってなれるわけでは無いですからね」
クスクスと笑うナマエさんが可愛い…かもしれない。
どうしよう、今更緊張してきた…。
「あ、の…ナマエさん」
「はい?」
「その…」
「?」
「…今日、お昼一緒にどうです?」
ポカンとするナマエさんに付け足すように、俺の驕りで、と言えばナマエさんは目を輝かせた。
少し複雑な気分だ。
「いいんですか?でも、何で?」
「も、もっと話をしてみたいなぁ、と思って」
俺にしては、結構頑張った方だと思う。
ナマエさんも納得したように頷いて「じゃあお昼が楽しみですね」と言うので、今なら空を飛べる気がした。
20110925