おお!という感心の声にナマエは得意げに鼻を鳴らした。
「ふふふ、今日のお鍋はいつものとは一味違う!なんてったって、」
「ヒビキ、おたまとってくれ」
「聞けよ」
ミナキはナマエの声が耳に入っていないのか、お玉を手に取り自分の器に装っている。
ヒビキ君も器を手に持ち、ミナキが装い終わるのを待機している。
どちらも、早く食べたそうにしている。
「マツバ、はい」
「ああ」
ナマエからご飯を装ってある器を受け取り、鍋用の取り皿を持って視線を戻した時、ヒビキ君と目があった。
「…何?」
「……なんだか、マツバさんとナマエさんって、もう夫婦みたいですよね」
「ふう…!?」
隣に座っているナマエは動揺したようで、持っていた自分の茶碗を落としかけた。
落としはしなかったが、慌てたためガタンと机が軋いだ。
「マツバさんの家に来るたびに、たいていナマエさん居ますし」
「何だ、同棲してるのか?」
「同棲はしてないよ」
それに、その必要も無いし。
と小さく呟けば、ミナキとヒビキ君には聞こえなかったようだが、ナマエの耳には届いたらしい。
ハッとしたようにこちらを見て、どういうこと?と詰め寄ってきた。
ミナキとヒビキ君がいるから、勘弁して欲しいんだけど。
「同棲の必要が無いって、どういうこと…?」
「…………」
どうやら、ナマエは悪い意味で捉えたらしい。
誤解を解くのは簡単だが、目の前の二人がずっとこちらを見ているので、非常にやりにくい。
コソコソと会話をしているようだが、「喧嘩か?」「修羅場かもしれませんよ」という会話はこちらにまで聞こえている。
チラリとナマエを見れば、表情が少し曇っていた。
その表情を見たら、考えていられなくなった。
「どうせすぐに一緒に住むんだから、その必要は無いってことだよ」
他人の前で、なんてことを言わせるんだろう。
言った僕も僕だが、ナマエもナマエだ。
真っ赤になって、「他にもおかずあるから準備してくる」と言って逃げて行った。
集まる2つの視線の中に僕だけ取り残すなんていい度胸だ、後で覚えてろよ。
「…なんだ、お前ら思ったより上手くいってるんだな」
「ラブラブなんですね。マツバさんがまさかそんなこと言うとは思いませんでした」
「何も言うな……あと、ニヤニヤするな」
いろんな意味で生暖かい空気に包まれ、どうしようかと考えていたらミナキが口を開いた。
それは、生暖かさを少し重くする話だった。
「シノさんは、家に帰ったのか?」
「…帰ったよ。彼女から、そう提案された」
「どういうことだ?」
「ナマエには言うなよ…。
彼女に告白されたんだ。僕はそれを断った。そのことで、この家に居辛くなったことと、僕への遠慮で帰ったんだと思う」
正確には、告白はされていないけれど。
しかし、あれはほぼそう言ったようなものだった。あそこまで言われれば、僕だって気付く。
「お前も大変だな」
「……そうかもね」
正直、いろいろと面倒くさいと思い始めている。
ホウオウの夢を断たれてから、僕は変わらざるを得なくなった。
夢を断たれた後、僕に出来ることは、ホウオウに選ばれたヒビキ君を見守ること、ジムリーダーとしてエンジュを守ること、そして、一族を存続させること。
僕の残りの人生全てを、僕に出来ることに費やしていくつもりだ。
それがいつか、輝かしい未来を紡ぐことを、僕は信じている。
だからせめて、掴める幸せは得たいと思う。
それがきっと輝かしい未来に繋がっているはずだし、僕もそれだけは逃したくないと思う。
だから正直、一族の女性と結婚しろと圧力をかけられた時には、僕自身呆然とした。
また僕は、一族に縛られるのかと思うと絶望感と共に苛立ちが沸き上がった。
一族の一部の人間の言う訳のわからない理論と、こうなったのも全て自分の失敗が原因であることも。
全ては僕に責任がある。
それ故に、事が上手く進まないことに、板挟みになる。
それでも、これだけは譲らない。
「は、は〜い。デザートでーす」
「…ナマエ、それは早すぎだろう」
「あ」
「動揺し過ぎですね…」
マヌケな顔をしてデザートを持って来たナマエと目が合い、ほんのり頬を染めたかと思うと、デザートを戻しにまた台所へ戻って行った。
まだ照れてるのか、アイツ。
「さっきのマツバさんの発言が効果絶大だったんですね」
「さあ…」
一緒にいればいる程、面白い奴だと思う。アイツと一緒にいれば退屈しないだろうな、と考えていたら「マツバさん、笑ってますよ」とニヤけ顔のヒビキ君に言われた。
20110821