もうすぐ

「……無い」


いくら家中を探し回っても、指輪が出てくる気配がない。
それどころか、心当たりがひとつずつ無くなっていくごとに心と体が冷えきっていく。


マツバに殺される。


つう、と冷や汗が背中を伝った。


どうしようどうしよう、と必死に記憶を辿っていたら、インターホンが鳴った。
こんな時に誰だ、と悶々とした気持ちでドアを開けたら、マツバが立っていた。



驚きのあまり、思わずドアを閉めてしまった。




「………おい、なんのつもりだ?」

「あ、はい、すみません。今開けます」



ゆっくりと玄関のドアを開けると、ムスッとしたマツバが立っていた。
指輪を無くしたという事実がバレてしまうことに怯えつつ、マツバに何のご用でしょうか、と言えばため息をつかれた。


「…忘れ物」

「え、」


マツバが右手を差し出し、掌を開いたと思ったら、そこには私が探し続けていたものがあった。


「指輪…!マツバの家に忘れてたんだ」

「何か言うことがあるんじゃないの?」

「ありがとう、マツバ!良かった、一昨日からずっと探してたの。無くしたのかと思った……」

「…………」


マツバの掌にある指輪を取ろうとしたら、スイと避けられた。
マツバのその行動に戸惑っていると、不意に左手を取られた。
その瞬間、なんとなく先の行動が読めて、じっと自分の手の甲を見る。

マツバは無言のまま手を取って、薬指に指輪をはめてくれた。
なんだか結婚式を連想してしまって、顔が少し熱い。



「……ありがとう」

「どういたしまして」


マツバがしれっとした様子で視線を反らしたが、それだけで少し照れたということが分かった。

「…マツバって、照れるといつも視線反らすよね」

「…………」


ピタリと動きの止まったマツバを見てニヤリと笑っても、マツバは何も言わなかった。
もしかしたら、言い返せなかったのかもしれないと考えたら、なんだか嬉しくなった。
はじめてマツバに勝ったかもしれない、と少し得意気になる。

「照れてるマツバも可愛いよ」

「調子に乗るなよ」


今度は照れた様子もなく、こちらを冷たい目で見てくる。
なんだかいろいろと突き刺さるが、これでこそマツバのような気がする。



「……なぁ、ナマエ」

「何?」

「近々、シノさんが家に帰るんだ」

「そっか。もう1ヶ月…って、あれ?ちょっと早くない?」

「いろいろ事情があってね。早いけど帰ってもらうことにした」

「そうなの?シノさん、何かあったの?」

「まぁ…あったと言えばあった」


マツバは少し視線を下げてから、再び視線をこちらに戻した。


「そろそろ、挨拶に行こうと思ってる」


挨拶、と言われてもピンと来なかったので、首を傾げたらため息をつかれた。
そのため息が本当にあきれたというか、疲れたというか、そういう感情がにじみ出ていて私としても少し申し訳なくなった。


「……結婚の挨拶だよ」

「あ」


その挨拶か、と理解して少し恥ずかしくなった。
マツバの口から結婚、なんて言葉を聞くと、改めて自分の立場を思い出した。
一応、婚約者なんだよなぁ。



「すっかり忘れてた気がする」

「よく忘れられるな」

「いや、マツバのせいでしょ。なんだかんだで婚約者っぽい扱いされてない気がする」

「気のせいだろ」

「そっか、気のせい…じゃないよ!」

「で、お前いつ仕事休み」

「誤魔化すな」



爽やかに笑ったところで誤魔化されないんだからな!、と思いつつカッコイイので綺麗な表情は拝んでおく。
なんだか改めてマツバを見ると、こんな素敵な(ビジュアルが)人と恋人で、結婚する予定なんだと思うと、今更自分でいいのかという不安が込み上げてくる。
内面に少々問題はあるが、根は悪くないというのも分かっている。
なんだか、私には勿体無いような気がしてきた。


「…マツバは、私でいいんだよね?」

「今更」

「気の迷いとかでは無いよね?」

「ああ、それはある」

「!?」


どういうことだ!と聞こうとしたら面倒くさいから喋るなと言われた。本当にどういうことだ。


「お前と付き合ってる時点で気の迷いだ」

「……心のダメージが尋常じゃないんですけど」

「そうか、よかったな」

「良くない…!」


途中でクスクスと笑いはじめたマツバは楽しそうだが、私はひとつも楽しくない。
多分冗談だと思う(信じたい)が、強ち間違ってもいなさそうで怖い。


「というのは冗談」

「…冗談じゃなかったら私本当に泣くよ」

「大体冗談」

「一部は本当ってことね」


くっそう、マツバめ…。
何か言い返そうと口を開きかけた時、私より先にマツバが言葉を発した。



「結婚しようなんて、簡単に言わないよ」


一瞬、言葉に詰まった。
今までのやりとりをまるごと包み込んでしまうような言葉に、何も言えない。
それは、深く考えてもいいのだろうか。


自分で言うのもアレだが、マツバは私の扱いが上手いと思う。
冷たい言葉や馬鹿にしたような言葉を浴びせてくるが、私が噴火する前のラインで必ず、そういう言葉を言うのをやめる。
それか、私の機嫌が直るようなフォローを入れてくれる。

フォローだと分かっていて、機嫌が直る私も私だけど。



「……挨拶に行く日の3日前には教えてよ、いろいろ準備しなきゃいけないから」

「準備って…何を?」

「心の準備」

「ああ……そう」


どうでも良さげに答えられたが、特に気にならなかった。

挨拶に行こう、と誘ってくれたのだから、マツバも私のことを好きなはず。それに上乗せして、結婚したいと思ってくれている、はず。

そう考えていたら、ニヤけていたのか、マツバに軽く頭を叩かれた。



20110819