それに気が付いたのは、帰ってきたマツバに蹴り起こされてから、1時間後のことだ。
なんだかんだで夕飯をご馳走になる流れになり、煮物の里芋を食べていた時だ。
ふと左手を見て違和感を感じ、もう一度確認するが、左手の薬指におさまっていたはずの指輪が無い。
指輪を外した記憶は無く、それがかえって焦る原因になった。
指輪、どこにいった?
さりげなく、左手を机の下に隠す。
マツバは特に気付いた様子もなく、黙々と夕飯を食べていた。
内心ホッとしつつも、状況は解決していないので安心はできない。
必死に記憶を辿っていたが、やはり思い当たる節はない。
どうしようどうしようどうしよう、と考えていたら里芋が器官に入った。
「ゴッホ、ゲホ!」
「ナマエさん、大丈夫ですか…?」
「だ、いじょゴホッ」
シノさんが心配そうにこちらを見る中、マツバは冷めた目でこちらを見ている。
言葉にしなくても、何やってんだこいつ、と目が言っている。
「体調が悪いんじゃないですか?昨日あまり寝られてないんでしょう…?」
「ブフォッゴッホ!!」
シノさんの何気ない言葉が見事にクリティカルヒットした。
別に体調が悪いというわけでは無いのだが、今日の眠気は確実に昨夜のことが原因である。
簡単に言うと…その、寝かせてもらえなかったのだ。
誰に、だなんて野暮なことは聞かないで欲しい。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です…」
出来るだけマツバと目をあわせないようにしながら、再びご飯を口に運ぶ。
しかし夕食を再開してすぐに、やはり指輪のことが気になりはじめた。
外した記憶は無いが、外したなら多分家にあるだろう。
早く帰って確かめなければ、と思い、食事のペースを早める。
夕食をご馳走になり、マツバにも用は済ませたので、さっさと帰って指輪を探そうと思い席をたちかけたら、マツバが予想外な言葉を発した。
「送る」
「え!?」
ぎょっとした表情でマツバを見れば、当然ながら怪訝な顔をされた。
シノさんも驚いたようで、ぱっちりした目をこちらに向けている。
やってしまった!と悲鳴を上げても後の祭だ。
どちらにも、確実に不審に思われた。
「あっいや、あの…一人で帰れるから大丈夫デス」
「…ふぅん、そう」
マツバは確実に何かに勘づいたようで、じっとこちらを見てくる。
その視線に居たたまれなくなって別の方向を見れば、畳から顔だけ出したゲンガーと目があった。ちょっとびっくりした。
「じ、じゃあ…お邪魔しました〜」
もうどうにかしてこの空間から逃れたくて、多少強引だが挨拶をして玄関へ向かう。
靴をさっさとはいて玄関の戸をあけようとしたが、ぴくりとも動かない。
鍵はかかっていないし、なんでだ?と首をひねっていたら足下で笑い声が聞こえた。
「キシシシ」
「…ゴースト、そこで何してるの?」
私の足下でニタニタと笑いながら戸を押さえていたのは、マツバのゴーストだった。
いたずら好きなポケモン達だから、こういうことをされてもなんの不思議もない。
ただ、今はこういう悪戯をされたくなかった。
「ナマエ」
後ろで、マツバの声が聞こえた。
そら見たことか!とゴーストを睨んだら、ゴーストは嬉しそうにマツバのもとへとんで行った。
「これ、返す」
そう言って渡されたのは、黒い手提げだった。
中にはおそらく、弁当箱が入っているはず。
「まあまあ美味しかった」
「…何よ、折角お弁当作ってあげたのに」
マツバから手提げを受け取り、中を確認したら予想通り、空になったお弁当箱が入っていた。
今日の朝、起床してからの第一声が「ジム行くから弁当」だった。
マツバの方が私より先に起きていたようで、私が目覚めるまでに今日の段取りを黙々と考えていたようだ。
「…あと、これ」
「、ひっ」
急にマツバが私の首筋に触れてきたので、思わず変な声を出してしまった。
マツバは一瞬驚いたようだったが、すぐにニヤリと笑った。
「感じた?」
「ばっ……かじゃないの!?」
「は?」
「いだだだだごめんなさい皮摘ままないでください」
ギリ、と首の皮をつねられたから本当に痛かった。
つねるという行動はやめてくれたが、マツバの手は未だに私の首筋にある。
「…何、どうしたの?」
「お前、明日仕事は?」
「あるけど」
「なら、首隠しておいた方がいいよ」
「え?」
なんで?と聞き返したら、やっとマツバの手が首から離れた。
マツバはクスクスと笑うから、ゴーストもそれを真似して笑う。
「跡ついてるから、気を付けろよ」
「跡……?」
はて、と首に触れて考える。
首に何かの型がついているのだろうか、と考えていたら、マツバにため息をつかれた。
「鈍い」
「だから、何が…」
「帰って鏡で確認してみなよ」
呆れたようにそう言われ、よく分からぬまま家に帰宅した。
マツバに言われた通り、鏡で確認してみると、首筋に赤い跡がついていた。
暫く考えて、その正体に気付いた瞬間、恥ずかしさで穴があったら入りたくなった。
20110807