多分未来の山男

息苦しさに目を覚ますと、目の前にピカチュウのかわいらしい顔があった。
しかし、そのピカチュウが私の首の上に乗っているせいで呼吸がし辛い。


「ピカチュウ」


私でも、ピカチュウでも無い声が聞こえて振り向けば、赤と白を基調とした帽子を被った、赤い目の少年がそこに腰かけていた。
私の上に乗っていたピカチュウは、ぴょんと少年のもとへ走っていき、少年の方に上った。

どこを見ているのか分からない目に無表情、今時の子はみんなこんな感じなのかと考えていたら、妙なものが視界に入った。
少年の隣に、カイリューが立っていた。
おそらく、先ほどまで暴走していたカイリューのはずだ。

「えっ、ええええ!?」

どうやら洞窟の中らしく、自分の叫び声がよく響いた。
少年は無表情からでも分かるくらい不機嫌なオーラを放ちながら「うるさい」と呟いた。
すいません、と謝ってから起き上がる。
私の上には薄い布団のようなものがかけられており、何故こんな状況になっているのか思い返してみる。

そうだ、私はあのカイリューをシロガネ山まで誘導していたはずだ。
シロガネ山に着いて、カイリューの破壊光線が飛んできて、それから…。


「話はだいたい聞いた。お姉さん、空から落ちてきたんだよね」

「何でそれを、」

言いかけて口を閉ざした。
少年はカイリューを撫でながら、何かをぶつぶつ呟いて、頷いた。


「ごめん、だって」

「え?」

ゆっくりと少年が口を開いて、こちらを見た後にカイリューに視線を移した。
逆鱗状態で、あれほど暴れ回っていたカイリューはすっかり身をひそめ、大人しく少年の言葉にうなずいた。
何故だろう、このカイリューの表情が悲しそうに見える。


「カイリューが謝ってる」

「…君、ポケモンの言葉が分かるの?」

「なんとなく」


少年はゆっくりとカイリューをなでながら、話を続けた。


「カイリューは、この山に主人と二人で修行に来た。だけど…主人がいなくなって、混乱して、気がついたら別の場所にいたんだって」


カイリューの言葉を聞き取ったかのように少年は話してくれた。

もはや、なんとなく分かるとかそんなレベルでは無い。
この少年は、ポケモンと会話ができるのだ。

無表情だと思っていた顔も、しばらく同じ空間で過ごしていれば微妙に表情があるのだと分かった。

言葉にはしていないが、カイリューを撫でる手つきは優しく、落ち着かせているように見える。


「…ちょっと待って、そのカイリューのトレーナーはどうなったの?」

「昨日見つけた」

ホッと安心して息をついたら、少年が付け足すように「助けられなかったけど」と呟いた。
その言葉を聞いて、思わず固まってしまった。

それは、死んだ、ということなのか。


シロガネ山は吹雪が吹き荒れもとより寒い場所だが、今、さらに気温が下がった気がする。


「だけど、お姉さんを助けてくれたのはカイリューだよ」


少年曰く、この洞窟にいたら外から凄まじい音が聞こえ、様子を見に出てみたら、私をかかえるフライゴンを抱えるカイリューが倒れていたらしい。
その様子を想像してちょっと笑えたが、少年は無表情のままだった。
ようするに、私を助けようとしたフライゴンを、カイリューが助けてくれたらしい。
つまり、私はカイリューに助けられたということか。
フライゴンの背中に乗っていて吹き飛ばされた記憶はあるが、それからは全く覚えていないから、よくわからないけれど。
とりあえず、カイリューにお礼を言った。

先ほどまで、このカイリューをどうにか大人しくさせようとしていたはずなのに、なんだか変な感じだ。


「…君、名前は?」

「………レッド」

「レッド君も、助けてくれてありがとう」

「…………」


レッド君は帽子をかぶり直して、別に、と呟いた。
照れてるのかなぁ、と思って顔を覗きこんだら、ギンと睨み付けられた。
調子にのってすいません。


「…ところで、ここシロガネ山だよね?私、エンジュに帰りたいんだけど……どうやったら帰れる?」

「今は下山できない。ここのところ、天気が悪い」

ゴウゴウと洞窟の中にまで響く音をきいて、その言葉に納得した。
確かに、こんな轟音聞いたことがない。



「あと、素人が一人で帰るのは無理」

素人とは、登山素人者なのか、山篭り素人者なのか。


洞窟を見渡す限り、長い間洞窟暮らしをしているのが分かる。
それに、避難程度で洞窟に籠っているのなら、隅にピカチュウドールなんて飾ってないだろう。
しかもご丁寧に、ピカチュウドールの手の中にモンスターボールが置いてある。
レッド君も意外に可愛いな。


「それ、お姉さんのポケモン」

ボールの中身は私のフライゴンだった。
何勝手に人のポケモンをインテリアにしてるんだ。



「お姉さん、じゃなくていいよ。私、ナマエって言うの」

「おばさん?」

「あれ、話聞いてた?」


レッド君はボケてくれたらしいが、無表情で言われると冗談だと思えない。
どうやら見た目よりはノリがいいらしい。


「天候がマシになるまで、暫くはここにいた方がいい。おば…ナマエさん」


レッド君のさっきの発言はボケでは無かったようだ。



20110619