ミナキが思い出したように言った言葉に、少し体が固まった。
適当に「明日は仕事があるから先に帰った」と言えば、シノさんは納得したがミナキとヒビキ君はなんともいえない顔をした。
バレたかな、とは思っていたが、どうやらそのようだ。
シノさんが台所へ片付けに行った時を狙って、ミナキが口を開いた。
「で、ナマエは?」
「……帰ったよ」
「何で帰ったんだ?」
険しい顔でこちらを見るミナキに、嘘は通じないと理解し、先程のいざこざを話した。
トイレの窓から逃走したことを告げた時、ヒビキ君は笑いを堪えていた。
「…マツバ、何で俺達がここに来たのか分かるか?」
「僕のことを探りに来たんじゃないの?」
「よく分かっているじゃないか」
ミナキは呆れたようにため息をついた。
少しムッとしたので、何か言い返してやろうと思ったら、僕より先にミナキの方が口を開いた。
「ナマエが落ち込んでいたぞ」
言葉に詰まったが、それは一瞬だけだった。
「…いつもの事だろう」
「そうだ、いつものことだ」
「……何が言いたいんだ?」
またもやミナキはため息をついて、台所にいるシノさんの方を見た。
そして再びこちらに視線を戻す。
「ナマエは、シノさんみたいな美人な人とお前が二人でいるのが嫌らしい」
「仕方ないだろう。僕が彼女の父親に預かると約束してしまったんだし」
「シノさんに限った話では無い。お前は容姿も育ちも、表面上は内面もいいから、お前に好意を抱く女はたくさんいるだろう。ナマエはそれが不満なんだ」
「…それこそ、仕方ないだろう」
「そう思うなら、ナマエを安心させてやれ。愚痴を聞かされるこちらの身にもなってくれ」
「愚痴…?」
「あ、」
やべ、口が滑った。と呟いたミナキは、ヒビキ君に背中を叩かれていた。
別に誤魔化さなくても、話の内容を聞いていればナマエが僕のことで二人に何か話しているということには検討がついていたから、いいんだけど。
「おせっかいかもしれないが、今回のソレも不安が原因なんじゃないか?ナマエは、お前の周りに女が集まるのには慣れてはいるが、平気なわけじゃ無いだろう」
「……分かってるよ」
なんとなく隙を突かれたような気分になって、いつもなら適当に流すところを大人しく認めてしまった。
そんな自分に驚くと同時に、ミナキは良く見ているな、と感心した。僕のことも、恐らくナマエのことも。
同時に、タオルを投げつけてきたナマエの顔も思い出した。
怒ったような、泣きそうなような、悲しそうな表情をしていた。
珍しくそんな表情を見たから、飛んでくるタオルをかわすことが出来なかったことには、自分でも笑える。
きっと、傷つけただろう。
シノさんの事も見せつけでは無いと言えば嘘になる。
わざと親しげに接して、ナマエにヤキモチをやかせて、優越感に浸りたかっただけなのかもしれない。
そう、ほんの出来心だった。
僕も意地の悪い事をしたな、なんて珍しく反省をした。
明日にでも、ナマエに会いに行こう。
それでミナキの言うように「安心」させてやろう。
そう思っていたのに。
『もしもし、マツバ君?』
「はい」
暴走カイリューの誘導で、ワタルさんとナマエともうひとりの警備員がエンジュを発ってから、1時間が経過した時だった。
ワタルさんからポケギアに電話がかかってきた。
電波が悪いのか、ワタルさんの声は酷く聞き取り辛い。
だから、これは聞き間違いなのだと思った。
『今、シロガネ山付近の上空にいるんだけど…。シロガネ山に、警備員が一人落下した』
「…は」
『カイリューの攻撃をうけて、フライゴンの背中に乗っていた警備員が吹き飛んだんだ。フライゴンは主人を追ってシロガネ山を降りて行ったんだけど、何故か暴走したカイリューも後を追って行ってしまった。
急いで後を追ったんだけど、吹雪がひどく視界が悪くて、捜索が困難な状態で見つけることが出来なかった。
今からまた捜索を続ける、とりあえず連絡だけしておく。必ず見つけるから」
心配しないでくれ、と一方的に話しきると電話が切れた。
機械の向こうの、ツーツーという音だけが耳に響く。
まるで世界からそれ意外の音が無くなったかのように、周りの音が聞こえない。
フライゴンに乗った警備員は…ナマエ以外考えられない。
「嘘だろ…」
そう思ってみても、電話越しで焦ったように話すワタルさんの発言が脳から離れない。
ペタリと背中を壁に預けて、ポケギアを握ったまま呆然とするしか出来なかった。
それから2時間後。
女性の死体を発見した、という連絡に頭が真っ白になった。
20110606