シノさんがマツバの家に来てから1週間が経過した。
そして、恐れていたことが起きた。
シノさんがマツバの家にお世話になるということで、彼女がマツバの家の家事を代わりにするという事になったらしい。
そこで、いつもわざわざ家事をしにマツバの家に来ていた私に、シノさんが家にいる間は家事をしなくていいと、マツバがわざわざ電話をかけて来たのだ。
確かに、シノさんの立場としては、何もしないというのは気が引けるというものだ。
だから、家事をするという提案にも納得がいく。
マツバがそれを頼んだのも、なんとなくわかる。
だけど、だけどさぁ………
「マツバに会いに行く理由がなくなった」
「だからそんなに荒れているのか」
ダンッと水の入ったコップを机に置くと、ミナキは呆れたような顔をした。
私の隣に座るヒビキ君は、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
落ち込む私を見てそんなに面白いのだろうか。
「婚約しているんだから、理由なんていらないでしょ」
「そう思って昨日マツバの家に行ったら、用がないなら帰れ、って言われた」
「……マツバさんもマツバさんだなぁ」
大丈夫ですか?と心配そうに声をかけてくるが騙されてはいけない。
ヒビキ君の顔は笑顔なので、内心はどんなことを思っているのか、想像するのも恐ろしい。
「浮気の心配はないんですか?」
「多分…大丈夫……なはずなんだけどな、自信がないや」
「自信?」
「だって、シノさんって美人でおしとやかで、女らしい人なのよ。私とシノさんだったら、シノさんの方が断然いいもの」
私は特別可愛いわけでも無いし、何か誇れるものがあるわけでも無い。
だからこそ、不安なのだ。
マツバの気が変わったりしないか、浮気はしないか。
それに、今までは毎日というくらい顔を合わせていたのに、急に会わなくなったからかなり違和感がある。
なんだか毎日マツバの顔を見ないと落ち着かないというか、寂しいというか。
「マツバに会いたい」
「のろけですか」
ミナキもヒビキ君もめんどくさそうにこちらを見ているが、気にしない。
なんだかいろいろ落ち込んでいるので、何かを言う気力も湧かない。
「でも、確かに…綺麗な女の人と短期間でも過ごすのは、俺としても危険だと思いますね」
「…やっぱり?」
「ええ、何があっても不思議じゃないと思います。それに…マツバさんの『用が無いなら帰れ』っていう発言も、なんだか気になりますし」
「………………」
「……ヒビキ、やめろ。余計にナマエが落ち込んだじゃないか」
「…あ、すいません」
今更ヒビキ君に謝られたところで、煽られた不安が収まるわけでもない。
ため息をついてテーブルに伏せる。このままここで寝てやろうか。
「ナマエさん、元気出してください」
「…………」
「…仕方がないな」
ミナキはため息をついて、席を立った。
そして会計の紙を掴むと、私とヒビキ君に行くぞ、と言った。どこへ行くんだ。
「悪いけど、スイクン追いかけるのは勘弁」
「スイクンではない。マツバの家へ行くぞ」
「え」
何で?と首を傾げたら、腕を引かれ、立たされた。
ヒビキ君もはじめはキョトンとしていたが、納得したように席を立った。
「何でマツバの家に行く必要があるの?」
「お前の発言がぐちぐちとうっとおしいんでな」
「…すいません」
「しょうがないから、俺達が確かめてやる。マツバの気が変わっているか、いないか」
「…それはそれで怖いんだけど」
「文句があるなら、やめようか?」
「……いや、お願いします」
ナマエはグッと拳を握り、覚悟を決めたように勢い込んだ。
そして先陣をきってファミレスから出て行った。
ちょっと待て、会計は俺にさせるつもりなのか。
「…心配しなくても、マツバさんは浮気なんてしない気がするんですが」
「……同感だ」
ハァ、とため息をついて、ヒビキもファミレスを出て行った。
お前ら二人揃って会計を俺に押し付けるのか。
20110522