やってしまった

いつものようにマツバの家を訪ねたら、見知らぬ女の人が出てきた。
しかも、その女の人はマツバの家にあるエプロンを着用しており、フリーズ状態にある私を不思議そうに見ている。


「どちら様ですか?」


それはこちらが聞きたいくらいだ。
正直頭は混乱状態だったが、なんとか平静なふりをしてその人に訪ねる。


「…あの、マツバは?」

「マツバさんは先程ジムへ行かれました」


そこで、あれ?と女の人が首を傾げた。
しばらくして、思い出した!というように口を開いた。


「以前お会いしましたよね?覚えていらっしゃいますか?」

「え?」


言われてみれば、どこかで会ったような気がしないでもない。
どこだったか、と考えていると、女の人が説明をしてくれた。


「以前商店街でお会いしました。その時はマツバさんもいて、お二人は買い物帰りでした。
私、シノと言います。以前は妹がお世話になりました。」

状況説明と、妹、という単語を聞いて、ハッと思い出した。
妹というのはリーちゃんのことで、彼女はリーちゃんのお姉さんだ。
そういえば以前会ったことがあった。


しかし、それは分かったのだが、何故シノさんがここにいるのかは分からない。

まさか、浮気か?と考えていたところで肩にポンと手が乗った。
シノさんも、あ、と声をこぼす。


「何してるの?」

「………マツバ」


ゆっくりと振り替えれば、無表情なマツバが立っていた。
なんだか少し疲れて見えるのだが大丈夫なのだろうか、という心配と、この状況は何だという疑問が湧いてくる。



「マツバさん、お帰りなさい」

「……ただいま」


ニッコリ笑うシノさんに戸惑いを隠せない。
何だ、この状況は。
これじゃあまるで、二人が一緒に過ごしているみたいだ。

呆然と突っ立っていると、マツバが「上がれば?」と私の背中を軽く押した。
これは私に、家に上がれと言いたいのか。


「シノさん、お茶を入れてもらえませんか?」

「はい」

シノさんは快く返事をして、玄関を後にした。

シノさんが見えなくなった後、後ろから「面倒なことになった」とマツバの声が聞こえた。


「……どういうこと?」

「シノさんを、1ヶ月うちで預かることになった」


とんでもないことをサラッと言われた。
思わず振り向いて、マツバに何で!?と問いただしてしまった。

「彼女以外の家族全員で、1ヶ月シンオウに行くことになったらしい。それで彼女一人を家に残しておくのも心配だから、僕の家に泊めてやってくれ、と言われた」


何だその理由は、と言い返しそうになってやめた。
マツバがなんとも言えない表情をしていたので、これ以上言ってはいけないような気がした。


「…シノさんの父親は、どうも僕と自分の娘を結婚させたいらしい」

息をついて、マツバは私の背中を押した。
押されるままに玄関に入ると、マツバもそれに続くように玄関に入り、戸を閉めた。


「1ヶ月僕の家に住まわせて、僕の気が変わるのを期待しているんだよ」

「…なんで、そこまでして」

「一応、僕が一族の当主だからね。あとはジムリーダーであること、評判と……容姿?」

「…あえて最後のにはツッコミをいれないよ」


靴を脱いで家にあがると、私達以外の足音がした。
自分達しか居なかった空間に、他人が侵入してくるのがこんなに嫌だとは思わなかった。


「…じゃあ、シノさんは…そのつもりで来てるの?」

「いや、そのつもりどころか……僕達はもう婚約者で、今回のことは親睦を深めるための短期滞在みたいなものだと思っているみたいだ」

「え!?」

「…だから面倒なことになったと言っただろう」


マツバはため息をついた。
私は開いた口が塞がらない。
何だそれは、ほとんど押し付けに近いというか…強行手段じゃないか。


「今から、断ることは出来ないの?」

「無理だよ、一度引き受けてしまったし。それに……出来れば、一族の人達には悪く思われたく無いんだ」

「そんなこと、」

「そんなこと、じゃないよ」


キッとマツバの目が変わった。
少し鋭さを覚えた視線に、先程の発言が失言だったと自覚し、すぐに謝った。


「この件で、一族の人達に嫌われたら、ナマエが嫌な思いをすることになるだろう」



マツバがポツリと呟いた言葉に、ハッとした。
マツバの方を見れば、視線を反らして襖の方を見ている。


「心配してくれてたの?」

「…………」


今、マツバの親戚の人達に悪い印象を与えれば、私がマツバと結婚した時、私は親戚の人達に良いようには思われないだろう。

マツバは、そのことまで配慮してくれていたのかと思うと、じんわりと込み上げて来るものがあった。


思わずマツバに抱きつくと、マツバは私を引き剥がそうと肩を押した。



「おい、ナマエ……」


「ありがとうマツバ。大好き」




そう言うと、引き剥がそうとしていた手が止まり、暫くして背中に腕が回ってきた。

先程までは私を離そうとしていたはずなのに、回った腕は力強くマツバに引き寄せられる。




ああ、幸せだ……なんて考えていたら、ガチャンという音が聞こえた。

反射的に音のした方を振り向くと、シノさんがお茶の入った湯飲みの乗ったお盆を持ち、驚いたようにこちらを見ていた。



やってしまった、と後悔しても、もう遅い。

珍しく、マツバの顔色も悪かった。



20110515