「行かない」
「そりゃないぜダーリン!」
「うざい」
何やらうっとおしそうにこちらを見てくるマツバに精神的ダメージを受けた。
ええ、分かってはいたけど、まさかマツバが「ごめんよハニー」なんて言ってくれるわけがない。
「夕飯のおかず買いに行くから手伝ってよ」
「面倒くさい」
「そりゃないぜダー「ゲンガー、シャドーボール」
ふわりと現れたゲンガーが得体の知れない黒い玉を作り出す。
慌ててゲンガーに土下座をしたら、ゲンガーはできかけのシャドーボールを外に飛ばした。
グハァ、とかいう声が聞こえた気がする。
流石のマツバも声がした方を向いて、寝転がっている体勢から起き上がった。
そして中庭に出ると、家を囲う壁の向こうを見て、また座敷に帰ってきた。
「大丈夫だ。きっとすぐに目を覚ます」
「ちょっと待て、え、もしかして通行人に当た「黙って」
指を立て、静かに、と言ってくるマツバはかっこいいのだが、そういう問題ではない。
シャドーボールの流れ弾を受けた通行人の人は大丈夫なのだろうかと、壁の方を見た。
きっとあの向こう側でのびているに違いない。
申し訳ない気持ちになったが、今更謝りに行く勇気も無い。
とりあえず、通行人の人が死ななければいや、となんとも適当なことを考えた。
「そういえばさ…」
「何?」
「最近、この辺りで不審者が出るらしいよ」
「え、そうなの?」
「ああ。買い物行く時気をつけろ」
「………」
付いて来てはくれないのか、とツッコミを入れたいが、言ったところで何も変わらないだろう。
だってマツバが既にくつろぎモードだもの。
また「ジョウトの和菓子ベスト100」読んでるもの。
暫くマツバをじっと見ていたが、マツバは動きそうにない。
自分から情報提供しておいたくせに、しかも危ないかもしれないのに、彼女をひとりで外出させるとはどういうことだ!
「…ねぇ、ダーリ「そのネタ飽きた」
「………」
絶対に買い物に付いて来てはくれないらしい。
ここまでくると、むしろ何故そこまで買い物に付いていくことを拒むのかが分からない。
そんなに面倒なんだろうか。
「……もういいよ。それじゃぁ、行ってくる」
「ん」
財布を小さめの鞄に入れ、立ち上がる。
廊下を歩いて玄関で靴を履き、ドアに手をかけ開けると、目の前に見知らぬ男が立っていた。
あまりに突然のことだったので反応に遅れたが、男の顔が顔面蒼白であったことと、気味が悪かったことが重なって思わず絶叫してしまった。
「きゃあああああ!」
この時、場違いながら、私ってこんなに女の子らしい悲鳴出せるんだ、と自分で自分に感心してしまった。
いつも「ぎゃああああ」だったから、これを機に「きゃああああ」に乗りかえようかな……、なんて考えていたら、頬に何かが掠めた。
視界の端に黒い玉が通過し、それは目の前に立つ男に見事命中した。
男が吹っ飛んだことにもビックリして叫んでしまった。
「ぎゃああああ!」
「……おい、さっきの悲鳴はどうした」
後ろを振り返ると、ゲンガーが宙に浮いており、手の中には先ほど見た黒い塊があった。
ゲンガーの後ろにはマツバが立っており、息をついてから玄関から出てきた。
マツバは倒れた男の顔をじっと見た後、ポケギアを取り出し誰かに電話をかけ始めた。
誰に電話をかけているんだろう…と思っていたら、グイと腕を掴まれた。
「何かされたか?」
「ううん…大丈夫」
「そうか」
ポケギアに耳をあてたまま、マツバがそうたずねて来た。
少しだけコールの音が聞こえてくる。
何回かコールの音が聞こえた後、電話がつながった。
どうやら、相手はジュンサーさんらしい。
「最近不審者が出るという話を聞いたんですが…。その不審者、捕まえました。……ええ、以前聞いた特徴とも一致します…。……はい、至急お願いします」
ピッと電話を切ると、マツバはゲンガーに「かなしばり」の指示を出した。
男が目を覚ましても、身動きを取れないようにするためだろう。
「この人が…噂の不審者だったんだ」
「多分ね。…というか、何処で遭遇したんだ?」
「ドア開けたら、そこに立ってた」
「……なんでまた、」
そこでピタリとマツバの動きが停止した。
どうしたの?と聞けばマツバはゆっくりと応えた。
「さっき、シャドーボールが命中したのコイツなんじゃないか?」
「…え」
たしかに、よく見れば男の服は少しボロボロになっており、先ほどシャドーボールが命中したような後が2つ付いている。
「シャドーボール打ってきたことに怒ったのかな?」
「さぁね。それにしても、もっと威力のあるやつ打っておくべきだったかな」
そう言って、ゲンガーに「ナイトヘッド」の指示を出すマツバに恐怖した。
(マツバさんご協力ありがとうございます)
(いえ)
(それにしても、なんでこんなにボロボロなのかしら…?)
(さぁ、転びでもしたんじゃないですか?)
(………)
20110430