意地悪

ひとつのお店に地元の同級生が集まって酒を飲んだりご飯を食べたり…簡単に言えば、同窓会である。
同級生の集まりなので、勿論マツバも参加している。
マツバの周りには女の子達、そしてマツバ人気にあやかろうとする男達が集まっていた。
全員下心丸出しである。

正直面白くないが、だからと言ってあの集団の中に入り込む気もない。
ここは大人しくしておこう、と飲みかけのビールに手を伸ばした時、隣の友人が驚いたように言葉を発した。


「ナマエ…その指輪、誰に貰ったの?」

「え」


指輪、と言われて、改めてビールを握る手の薬指にはめられたリングの存在に気がついた。


しまった!


マツバから貰った指輪は、出来るだけ身に付けておきたいと思い、貰った日からほぼずっと薬指に収まったままだった。
あまりにもはめ続けていたので、その存在が当たり前になっていた。

今更どうしよう、と思っても遅かった。
友人の言葉は同じテーブルに座る同級生に聞こえており、それを聞いた瞬間こちらに視線が集まる。


「ナマエさん、結婚するの?」

「え……あ、多分」


チラリとマツバの方を見るが、マツバは隣に座る友人と話し込んでいた。


「ねぇねぇ、相手はどんな人?」
「かっこいい?」


「……まぁ、顔はいいと思う」

「うっそ、ナマエさんって面食いなんだー」


ニヤニヤしながらこちらを見てくる友人たちの視線がいたたまれない。
友人たちは獲物を見つけた、というように質問してくる。
遠くの席で、私とマツバの事を唯一知っている友人が口パクで「ガンバレ」と伝えてきた。
正直、助けてもらいたい。


「名前は?」
「付き合ってどれくらい?」
「馴れ初めは?」
「結婚式はいつする予定なの?」


マシンガンのように質問を繰り出されたが、答えていいものかと思案する。
いや、答えてもいいんだろうけど、この状況では非常に言い出しにくい。
チラリと再びマツバを見るが、いまだに話し込んでいた。


「ナマエの未来の旦那はイケメンかぁ……いいなぁ」

「だん…!?」


自分でもカァー、と顔が赤くなるのが分かった。
旦那だなんてそんな…ともう一度マツバの方を見た。
マツバは今度は女の子達に話しかけられていた。


「何さっきから、あっちの方見てるの?」

「え!」


驚いて隣を見れば友人が真っ赤な顔でニタニタと笑っていた。確実に酔っている。
本日二度目のしまった!を心の中で叫んだが、酔った友人はそんなことはお構い無しに立ち上がり、あろうことかマツバ達の集団に声をかけた。


「ちょっと聞いてよ!ナマエ結婚するんだってさ〜」


しかも、発言内容も最悪だった。
一斉に集まる視線に耐えきれず、俯いた。
途端に周りからヒューヒューなどの冷やかしが飛んでくる。
みんな酔いが回っているのか、テンションがおかしい。
そして、とてもじゃないがマツバの方を見ることが出来なかった。


「ナマエさん、お相手はどんな人ー?」
「イケメンだってさ〜」
「えー!いいなぁ!その人優しい?」

「……………」


優しくはないな、うん。
しかし、ここで優しくないと言えば後々マツバにひどい目にあわされるだろう。
ここは大人しく頷いておこう。


「優しいだってさ〜」
「いいなー。イケメンで優しいなんて〜」

「ねぇ〜、まるでマツバ君みたい」


その言葉にビクリと肩がはねた。
思わぬ形で図星をつかれ、反射的に顔を上げたらマツバと目があった。
マツバは平然とした表情で、こちらをじっと見ていた。


「ねぇねぇ、マツバ君はどうなの?」

隣の席に座っていた友人が、グラスを片手にニヤニヤしながらたずねた。
周りの女の子達もマツバに注目し、一瞬空気が静かになった。
何故か男性陣も息をのみ、マツバに視線をやっている。


「何が?」

「マツバ君にも、浮いた話のひとつやふたつあるんじゃないの?あたし、マツバ君のそういう話聞いたことないんだけど」

それに、今マツバ君の周りに座ってる女の子達はみんなマツバ君狙いだから、いろいろ気になってると思うよ〜、と付け足し、ヘラリと笑った。
途端、マツバの周りにいた女の子達が「ちょっと何言ってるの!」だとか「言わないでよ!」だとか文句を言っている。
しかし、やはり気になるのか、マツバが口を開くのを待っている。
ある意味、酔った友人の発言は、彼女たちからすれば、ありがたいものだったのかもしれない。


「で、どうなの?」

「あるよ」


にっこりと笑ったマツバに、なんだか恥ずかしくなって俯いた。
自分のことだと分かっていると、無性にいたたまれない気持ちになる。
そして、女の子達がマツバの発言に騒ぎだす。
それぞれ悲痛めいた叫び声と、興味を含んだ発言が飛び交う。


「えっ、彼女いるの?」

「まぁ」

「まじかよ!」

男性陣はなんだか嬉しそうだった。
何かに安心したように息をついているのを見ると、マツバの取り巻きの中に気になる女性がいるようである。
マツバに彼女がいると知って安心しているようだが、誰も私がその「彼女」だとは思わないらしい。


「えっ、その子可愛い?」

「微妙」

「どんな感じの子?」

「微妙」

「…マツバ君は、その子のどこが好きなの?」

「さぁ、自分でもよく分からないや」


ははは、と笑うマツバに正直ムッとした。
わざとそういう風に言っているということは分かるが、その言い方はないんじゃないか?
もうちょっとこう…褒めてくれてもいいじゃない!

マツバに質問した友人も、それってどうなの?というような表情をしている。
そして、周りのマツバの取り巻きの目が輝きはじめた。
きっと、このマツバの発言で「これならまだマツバを狙えるのでは?」と考えているに違いない。もし、彼女たちの立場だったら、私だってそう思う。



「くっそー…」

「…ナマエさん、どうしたの?」

右隣に座っていた冴えないメガネの男性が心配してくれたが、そんなことはお構い無しにグラスに残っていたビールを飲み干した。
ああ、なんだかむしゃくしゃする。


「…優しくない」

「え?」

「私の結婚相手、優しくなんか無い」

「あ、え?そうなんだ…」


メガネ君はどうしていいか分からないというように、表情が引きつっている。
八つ当たりしている、ということは分かるが、私も酔いが回ったのか歯止めがきかない。
暫くメガネ君にひたすらマツバに対する文句(マツバの名前は伏せて)を話していたら、だんだんメガネ君が泣きそうになってきた。
泣くなよ、男だろ!と自分でもわけのわからない説教をして、机に突っ伏した。


「ナマエ、もうダウン?」

「……まだまだぁ」

「あーはいはい、もう駄目なのね」

「…うん」

「旦那に迎えに来てもらったら?優しいんでしょ?それに、ナマエの結婚相手の顔見てみたいし」


ゆっくりと左隣に座る友人の顔を見れば、いまだにニヤついていた。
なんだかそれにもイライラする。


「優しくなんか無い」

「…え?」

「だーかーら、優しくないの!本当は!どちらかと言うと意地悪だし…」

それに、俺様だし、私のことパシリにするし、ドSだし、我儘だし…と続けるつもりだった言葉を飲み込み、もう一度机に突っ伏した。
なんだか、しゃべるのも億劫になってきた。


「ちょっと…ナマエ。寝ないでよ」

「眠い…」

「…しょうがないなぁ、送ってあげるから。ほら、立てる?」

友人に促されるまま、ふらふらと立ち上がり、店の出口に向かう。
なんだか久しぶりに酔った気がする、とぼんやりと考えていたら腕を掴まれた。



「そのまま進んだら、頭ぶつけるぞ」

「…あぁ」


目の前には、店を支えているのか単なる飾りなのか、よく分からない柱があった。
引きとめてくれた友人にお礼を言おうと振り向いたら、そこに立っていたのは友人ではなく、マツバだった。



「な、んでマツバが!」

「…うるさい」


思わずそう叫ぶと、飲んでいた同級生たちの視線がまた集まった。


「ほら、帰るぞ」

「…なんで」

「可愛い可愛い彼女が酔って危なっかしいから、送ってあげるよ」


そう言ってニッコリと笑ったマツバに呆然とした。
今、なんて言った…?



途端に周りも騒ぎ始め、さまざまな言葉が飛び交っている。

ポカンとしている私に対して、マツバは楽しそうだ。
そして、ニヤリと笑い、私にしか聞こえないくらいの声で言った。


「僕は優しい彼氏だからね……あ、意地悪なんだっけ?」



女の子達の悲鳴をバックに、酔いがすっかりぶっ飛んでしまった。


20110429