黄昏

昔の夢を見た。



目を覚ますと、自分の家の天井が広がっていた。
外からさす光がオレンジに染まりつつあった光景に、ガバリと起き上がる。

今は何時だ、と時計を見れば夕方の5時だった。
同時に、隣に転がっているナマエを見つけてギョッとした。

何で隣で寝ているんだ、というか、時間になったら起こせと言ったはずだ。

ハァ、とため息をついてポケギアを手に取る。
数回のコールの後、すぐにイタコさんが出た。
今日は夕方の4時にジム戦の予約があったのだ。
すぐに行く、とイタコさんに連絡すれば、また明日来る、と言って挑戦者は帰ったとのこと。
非常に悪いことをした。
これもすべて、僕を起こす任務を与えられていながら、一緒になって寝ていたナマエが悪い。
……あと、見た夢の内容も、か。


隣に転がっているナマエがあまりにも無防備過ぎて、少しむかついた。


サラリ、とナマエの髪を撫でて、先程見た夢の内容を思い出す。

ナマエが突然、ホウエン地方へ行ってしまったあの事件から、もう5、6年経つのか。

あの時は、自分でも気持ちが悪いくらいに焦って、身に付いたばかりの千里眼の力を使い過ぎて、倒れたこともあったか。
懐かしいが、あまり思い出したくない記憶だ。
あの時の自分が馬鹿過ぎて、笑える。

ナマエの母親から、ナマエがホウエンに行ったと聞いた時は、呆然としてしまって、暫くの間修行にも身が入らなかった。


そしてこの時、僕はナマエのことが好きだという事実に気付いた。

今も昔も、人生で一生の不覚だ。


何でこんな馬鹿な奴を、と思ったが、恋愛に根拠も理由も何も通用しないと誰かが言っていたことを思い出した。
頭が痛かった。

確かに、ナマエといるのは楽だし、いちいち取り繕わなくても大丈夫だった。
文句は言ってはいたけれど、なんだかんだでナマエは僕の言うとおりにしてくれたし、言う通りにいかないこともあった。
そんな時はイライラしたけど、予想外の事を仕出かすナマエは面白くて、嫌いじゃなかった。
それに、僕がどんな態度をとろうが、どんなことを言おうが、ナマエは僕の隣にいてくれた。

それが、ひどく嬉しかった。


その積もり積もった感情に、ナマエがいなくなって気付いたのだ。
なんてありがちなパターンなんだ、と自分でも思ったが、ありがちな事だけに、効果はあった。

ナマエが居なくなって、つまらなくなった。

そして、ふと思い出した。
ナマエはよく、チャンピオンになりたい、と言っていた。
確かに、ナマエはポケモンバトルもそこそこ強かった。
だけど、チャンピオンだなんて大それた夢なんて無理だと思った。
しかし、本人はそれを全力で叶えるために、旅に出て行った。
なぜホウエンまで行く必要があったのかは分からないが、きっと理由があるのだろう。

それを思い出して、なんだか取り残されたような気がした。

ナマエは自分の夢を追いかけて行ってしまった。
なのに僕は、いつまでナマエが居なくなった事をネチネチと気にしているのだろう。


そうだ、僕に黙ってホウエンへ行った事を後悔させてやろう。

ナマエがチャンピオンになりたいように、僕にもホウオウと出会う、という夢がある。
僕は僕で、自分の夢に向けて修行をすればいい。

ナマエに置いて行かれるなんて、気に入らない。


そしてこの時、第二の一生の不覚をおこす。

修行をしている時にぼんやりと考えた。
もしこの夢が叶ったら、ナマエに気持ちを伝えよう。
今の僕では素直にそれを認めようと思える心の広さも勇気もないし、なにより、自分らしくない。
夢が叶った時は、何でも出来る気がする。
多分、そのノリじゃないと言えない気がするのだ。
だから、それまでは、黙っておこう。



それから修行に集中して、努力して、修行をして、ついにジムリーダーに就任する事も決まった。

数ヶ月後、ナマエはケロッとした顔で帰ってきた。
帰って来たナマエがあまりにも普通だったので、拍子抜けしたが、会ったら会ったで今までの不満が爆発して、思い切りナマエに説教をしてしまった。
説教というよりは文句に近かったけれど、涙目になってひたすら謝るナマエを見て、あまり変わってないな、と思った。
それにひどく安心したことも、覚えている。





いまだに眠ったままのナマエは、何かをぶつぶつと言って寝返りをうった。
同時に、僕の方に寄って来たので、なんだか気恥ずかしくなった。

本当に、僕らしくない。


ナマエと出会ってから、気持ちを自覚してから、気持ちを伝えてから、どうも自分らしくない感情が己の中で芽生えてくる。

しかも、根強く、際限が無くて、とても厄介だ。


僕の方に伸びているナマエの左手を掴み、そっと持ち上げてみる。
更にその手を滑らせ、左手首を握ってみる。
なんて細いんだろうと、少し驚いた。


僕は本当に、何を考えているんだろう。
ナマエと居ると、今までの自分からでは考えられなかったことを、考えてしまう。



そして、更に手を滑らせ、薬指をそっと親指で撫でる。



最近考えるようになったコレも、全部ナマエのせいだ。
全部、ナマエが悪い。




その時、ポケギアの着信音が鳴り響いた。

思わぬ事に驚いたが、なんとか平静を装ってとポケギアに出る。
イタコさんからだった。
なんと、今日来た挑戦者がまたやって来たらしい。
今からジムに来られるか、との事だった。
すぐに向かうことを伝えて、電話を切る。


僕の手は、いまだナマエの指に触れたままだった。

それに少し苦笑いをして、ゆっくりと立ち上がる。
そこらへんに落ちていた薄い掛け布団を拾い、ナマエにかけてやる。

ナマエが起きるまでに、ジム戦は終わるだろうか。



「ゲンガー、行くよ」

「ゲンゲン!」


どこからとも無く現れたゲンガーを連れて廊下に出る。
閉めかけた障子の向こうに、いまだ夢の中のナマエの顔を見て、自然に笑ってしまった。

変わったな、僕も。


そう呟いて、障子をしめ、急いでジムへ向かった。




20110323