マンガみたいだ

勤務中、コガネ百貨店の入り口からダッシュで入ってきたユウコさんに飛び付かれた。


「ユウコさん…すいません、今勤務中です」

「ナマエさん、聞いてください!」


私の話を聞いてくれ、と言いたくなったが、言ったところで無駄だろう。
何せ、彼女の目は話したげにキラキラと輝いている。


「私、一目惚れしちゃったんです!」

「………え?」


予想外の展開だった。





仕事が終わり、コガネ百貨店を出るなりユウコさんに拉致され、連れてこられたのはスズねのこみち。
ここに一目惚れした相手がいるのだという。
そういえば昨日、マツバが客が来るのでスズねのこみちに行く、と言っていた。
…まさか、マツバだとか言うんじゃないだろうな。


「どんな人ですか?」

「すっごくカッコイイ人!
笑顔が素敵で…うっとりしちゃうんですよ!」

「………」

当てはまらない、こともない。
いや、でも前話した時に、もうマツバは諦めた〜みたいな雰囲気だったし…違うよね?

何だか背筋に寒気が走った。
そして嫌な予感がする。
ごくり、と息を飲んだ時、スズの塔の入り口辺りに人影が見えた。
見慣れた金髪……そう、マツバである。
内心悲鳴を上げながら、ユウコさんの方を見たら「あの人です」と指を指した。

よく見ると、マツバの後ろにもう一人。銀色の髪に赤いネクタイ、スーツ……。



「あれ、ナマエちゃん」

「…何でダイゴさんが居るんですか」



神出鬼没の、元ホウエンチャンピオンが現れた。



「えっ、ナマエさん、知り合いなんですか?」

「ちょっとね」


今日は予想外な事が多過ぎる。
なんでこんなところに元チャンピオン兼、デボンの現副社長がいるんだろう。


「会社はどうしたんですか」

「ああ、今日は仕事でヤマブキに来てたんだよ。そのついでに、観光しようと思って」

「わざわざヤマブキからエンジュにまで来たんですか?」

「まあ、理由があるんだよ。
それで、マツバ君に観光案内をしてもらっていたんだ」

ニコリと殺人スマイルを飛ばしたダイゴさんに、ユウコさんはノックアウトしたらしい。
私の隣でふらついて、ダイゴさんに支えてもらっていた。
ユウコさんが一目惚れした相手とは、ダイゴさんのことらしい。
マツバで無かったことに少し安堵したが、その考えはすぐに吹き飛んだ。


「ユウコさん!……って、アレ?」


隣にいるだろうユウコさんの方を振り向いたら、遠くの方でダイゴさんの腕をひくユウコさんが視界に入った。
行動が早すぎる!


「ユウコさんが観光案内変わってくれるってさ」

マツバはのんきにそんな事を言っていたが、それどころではない。

「どうしよう……!」

「…何が?」


とりあえず、二人の後を追わなければ。
なんとかユウコさんと話す時間さえ取れれば、と走り出したらマツバに捕まえられた。


「おい、どうした」

「ユウコさんを説得しなくちゃいけないの!」

「…何で?」

「いいから!」


府に落ちないような表情をしていたが、マツバは黙って手を離してくれた。
そして、私と一緒に走り出した。


「どういうこと?」

「ユウコさん、ダイゴさんに一目惚れしちゃったらしいの」

「へぇ。で、何でそんなに焦る必要があるんだ?」

「それは…、っと」


地面に敷き詰められた石のタイルの隙間に足をひっかけてしまい、勢いよく地面と仲良しこよし…にはならなかった。
上手い具合にマツバが手を掴んでくれたおかげで、地面の少し手前で体の傾きが止まった。



「ナイスキャッチ」

「…自分で言わないでよ」


マツバ自信、私を受け止めることが出来たことに驚いていた。
僕の反射神経すごい、とかなんとか言っている。
とりあえず、お礼を言って立ち上がろうとしたら、パシャリというシャッター音が聞こえた。
マツバと二人して顔を上げると、ニヤニヤしたユウコさんと、ニコニコしたダイゴさんがデジカメを持っていた。


「いいねー二人共」

「なに写真撮ってるんですか!」

「照れない照れない」

「照れてません!」


からかわれている、というのは分かっているのだが、ついムキになってしまった。
だって、とてつもなく恥ずかしいのだ。
マツバは、言葉を無くしたかのように無言である。


「ダイゴさん、今すぐその写真を消してください!」

「だめ、これはお土産なんだ」

「何のお土産ですか!」

「僕の奥さんがね、ナマエちゃんの話をしたら会ってみたいって言ってたんだ。だから、写真だけでも見せてあげようと思って」

「そんなこ……と………」


今、聞き逃してはいけない単語が聞こえた。絶対聞こえた。

恐る恐る、ダイゴさんの隣を見ると、ユウコさんが石のように固まっていた。

しまった、間に合わなかった!

隣で未だに私を支えたままのマツバも驚いたような顔をしたが、どうやら状況を理解したらしい。
そういうことか、と呟いた。


そして、固まっていたユウコさんが、表情をひきつらせてダイゴさんに聞いた。



「あの、ダイゴさん……奥さん、って?」

「僕の妻だよ。ここに来たのも、彼女がスズねのこみちに行きたい、って言っていたから下調べに来たんだ。今度、子供と一緒に来ようと思って」

「こ、ども……?」

「まだ生まれてないけどね。最近妊娠してることが分かったんだ。だから、この写真はお土産で……また後で、家族揃って来ようと思ってるんだ」


ニコニコニコニコ、余程嬉しいのか、ダイゴさんはベラベラと奥さんの話をし始めた。
その話を聞いているのかいないのか、ユウコさんは魂が抜けたように呆然としていた。



「遅かった…」

「お前、知ってたのか」

「結婚してたのはね。……だけど、子供のことは知らなかった」


ついに、奥さんと自分の出会いについて話始めたダイゴさんに我慢出来なくなったのか、ユウコさんは「いい男はみんな予約済みなのね!」と叫びながら疾走した。



20110315