もう少し頑張れ自分、と言いきかせるが踏み出せない。
隣から、マツバの視線も感じる。
そうだ、今言わなくてどうする。いずれは言うことになるんだから、今のうちに言っておけ。
ふう、と息を整えて、長い沈黙を破った。
台所も座敷も、恐ろしいくらいに静かに感じた。
「実は……うまくいったんだ」
「そうなんですか!?いいなー今度紹介してくださいね!」
「あの……その事なんだけど、」
ごくり、と息を飲んだ。
言え、言うんだ、と呪文を脳内で唱え、口を開きかけたら、口を塞がれた。
隣を見ると、マツバは座敷の方を向いており、流し台に背中を向けていた。
剥きかけのじゃがいもと、包丁がまな板の上に置いてある。
マツバは、手で私の口を塞いだまま、ユウコさんに言った。
「僕だよ」
「……え?」
ユウコさんは、意味が理解出来ていないようだった。
「僕が、ナマエの恋人だよ」
「…えっ?」
ユウコさんの声色が変わった。
慌ててマツバに塞がれた手をはがし、座敷に座っているユウコさんの前へ行き、正座をした。
「ごめんなさい!どうしても言い出せなくて…」
「………」
ピシリ、とユウコさんは固まったまま動かない。
謝らないと謝らないと…と言葉がぐるぐると駆け巡り、頭を下げた。
「私が、好きだって言ってた人…マツバだったの。あの時どうしても言い出せなくて、それで今更だけど、」
パシン、と乾いた音が響いた。
左頬に痛みを感じたと同時に、視界が一瞬ぼやけた。
ビンタされても何も文句は言えないな…なんてぼんやりと考えた。
左頬がヒリヒリする。
「何で……もっと早く言ってくれなかったんですか?」
「ごめんなさい。言ったら、気まずくなると思ったから」
「当然ですよ。気まずいに決まってるじゃないですか。でも、解決方法だってあったのに……」
「…解決方法?」
「そうですよ!
気まずくなっても、話し合って、じゃあ私達これからライバルとして仲良くしていこうって言えたのに。
…なのに、最初から私、負けてるじゃないですか」
フルフル、とユウコさんは震えていた。
ユウコさんの気持ちが伝わってきて、私も涙が出そうになった。
「私が何のためにエンジュに戻って来たか、知ってたでしょ?
ドキドキしながら帰ってきたんですよ!告白の返事はどうだろうって。なのに……私がエンジュを出発する前から……二人が両想いだったなんて……悔しいじゃないですか」
「…ごめんなさい。もっと早く話しておけば良かった」
「そうですよ!もっと反省してください!
じゃないと、私………」
うわあああん!とユウコさんが飛び付いてきた。
反動で私もぽろりと涙が零れた。
謝っても謝っても足りなかったけれど、謝らずにはいられなかった。
いつの間にか、マツバは台所からいなくなっていた。
思い切り泣いて、落ち着いたユウコさんは、やけにスッキリとしていた。
「何でマツバさんはナマエさんにしたのかしら。私の方が可愛いのに」
「あの…もう少しオブラートに包んでは貰えないでしょうか」
「なんで?ひどいことをしたのはそっちでしょ?」
「すいません」
スッキリというか、バッサリというか。
言葉のひとつひとつに嫌味を感じるし、痛い言葉をブサブサと刺してくる。
正直、…心に痛いです。
「…落ち着いた?」
ふいに、台所からマツバが現れた。
両手にラーメンのドンブリを持っている。
「出前だけど…どう?」
「流石マツバさん!いただきます!」
出前を取ってくれていたのか…、と感動してマツバを見たら「ナマエの分は無いよ」と言われた。
ちょっと、どういうことだ。
「なんで?私もお腹すいた!」
「ユウコさんに黙ってた罰だ」
「そんな……マツバだけずるい」
「これは僕のじゃないよ」
「…え?」
「ゲンガーがラーメンを食べたいって言うこときかないんだ」
「………」
もうひとつのラーメンはゲンガーのかよ、とツッコミをいれたかったが、それを口に出す元気がなかった。
ゲンガーがどこからともなく現れて、ラーメンを持って行った。
「マツバさん、次のジムって何処にありますか?」
「アサギシティかな、順番的にはタンバなんだけど、アサギの方が近いよ」
「そうですか……」
ズズ、とラーメンをすすりながらユウコさんは、私を見た。
あまりにも見てくるので首を傾げたら、ユウコさんがニヤリと笑った。
「ナマエさんにもラーメン分けてあげましょうか?」
「……いえ、結構です」
恵んであげようか?という雰囲気を醸し出しながら、ラーメンを勧めてくる。
確かに、確かにユウコさんに私とマツバのことを黙っていたのは悪かったけどさ、こうも態度を顕著に現されると不快である。
「………でもね、ナマエさん。私、もうフラれてたんですよ」
「え?」
「ジム戦の後、マツバさんに返事を聞いたら『ごめんね』って言うんだもの。彼女が出来たのかも…とも予想してたし。…まあ、ナマエさんっていうのは予想外でしたけど」
「……ああ、そう」
「ねぇ、マツバさん。今からでも乗りかえませんか?私の方が可愛いですよ」
「そうだね」
「ちょっと、マツバ何言ってんの」
この後、軽くマツバと喧嘩をしかけたのだが、ユウコさんが上手く鎮めてくれた。
ユウコさんは、私とは友達でいてくれるらしい。
それは嬉しかったのだが、会うたびに精神的ダメージを与えてくるので、あまり会いたくないような。
(ナマエさん、誰かいい男紹介してくれませんか?)
(いい男?いい男……顔は良いんだけど、中身が残念な奴でもいいなら)
(……遠慮しておきます)
20110313