ユウコさんは、毎日のようにマツバにジム戦を挑戦しに行くが、勝てる兆しが全く見えない。
彼女は当分、エンジュに居座り続けるだろう。
そして暇さえあれば、私の家に押し掛けて来るのだ。
私は私で仕事があるので、彼女のマシンガントーク(ほとんどがマツバについて)には非常に疲れるのだ。
久しぶりに会えて、嬉しいのは分かるがもう少し限度というものを知って欲しい。
「それで、ずっとここにいるのか?」
「まあね」
注文したパフェを食べながら、窓ガラス越しに外の様子を伺う。
ユウコさんに見つかったら、たまったものではない。
正面に座るミナキは呆れたような顔をした。
私とミナキが一緒にいる、というのはよくあることなのだが、今日は私の隣に珍しい人物がいる。
「そんなに凄いんですか。ユウコさんって人」
「会ってみるかいヒビキ君」
「遠慮しておきます」
ヒビキ君とは先程偶然に出会った。
その後に、偶然だな、とミナキが話しかけてきたのだが、こちらの方は怪しい。
ヒビキ君をつけ回していたんじゃないのか疑わしい。
本格的に犯罪者になりかけている彼が私の友人だとは認めたくない。
「なんていうか一途なんだよね。そしてケンタロスのごとく猛進して行くというか」
「その人、マツバさんのこと好きなんですよね?」
「そうなんだよ〜」
それが一番の問題だ。
なんとユウコさんに説明すればいいんだろうか。
旅に出て、告白の返事を聞きにエンジュに帰って来たのに、実はもう彼女できました〜、って言うのは酷くないか?
しかも、相手私だし。
ユウコさんがマツバのことを好きだと知っていたのに、私はユウコさんに何も話していない。
「どうしよう……」
「一悶着ありそうだな」
「ドロッドロした女の喧嘩みたいになりそうで怖い」
「それはそれで面白そうですね」
ヒビキ君がいい笑顔でサラッと言った。
あれ、今笑うところじゃないと思うんだけどな。
「俺、昼ドラとか大好きなんですよ」
「主婦か」
「ぜひ生で修羅場見たいですね」
修羅場になりそうになったら連絡ください、と言ってポケギアを出すヒビキ君の背後に黒いものが見えた。
あれ、ヒビキ君ってこんな子だったっけ?あれ?
「それよりナマエ、外でこちらを睨んでいる男がいるんだが?」
「え?」
窓の外を見れば、見慣れた金髪が立っていた。
しかも右腕にはユウコさんが巻きついている。
嬉しそうなユウコさんの表情と反対に、マツバの顔はひきつって歪んでいる。
そして口パクで何かを言った。
『来い』
「…え?なんか呼ばれてる?」
「助けを求めてるんじゃないのか?」
「ナマエさん、行った方がいいんじゃないんですか?」
「えええ……」
雰囲気的に非常に行きたくない。
だってマツバの顔が怖いもの。
ヒビキ君がいるのにブラックモード剥き出しだもの!
窓の向こうでもう一度、マツバの口が動いた。
『来ないと殺すぞ』
瞬間、血の気がサァッと引いた。
ミナキがなにやら「モアイとコロ助?」と訳の分からないことを言っていた。
奴には読唇術は無理だと思う。
私も別に読唇術が出来るというわけでは無いが、今のは分かった。
嬉しくはないが、直感で分かった。
「ナマエさん、行かないと後が怖いんじゃないの?」
「…………」
ヒビキ君の輝かんばかりの笑顔から、先程のマツバの発言を読み取ることが出来たらしい。
マツバ、ブラックモードの存在がヒビキ君にバレたよ。
それにしても、凄い笑顔だな。この昼ドラ好きめ。
「後で修羅場の話を聞かせてくださいね」
「ちょっと黙ろうか」
なんで私の周りには、まともな人間がいないんだろう。
20110312