どうしよう、溶けてしまいそうだ。
上昇する体の温度や、マツバののしかかってくる重さすら心地いい。
再び唇を重ね、ねっとりとしたくちづけを交わす。
時折吐き出される息すらも逃さないというように口を合わせる。
吸い込む二酸化炭素のせいなのか温度のせいなのか、酔っているかのように頭がクラクラする。
酸素が足りなくなって、マツバの胸板を叩けばお互いの唇は銀色の糸を引いて離れる。
私が必至に息を整えていると同時に、マツバは巻いていたマフラーを煩わしそうにはずして投げた。
その動作にすら見惚れてしまう。
それが、これからの行為のはじまりを意味しているのだと理解した瞬間、羞恥心で思わず目をそらした。
目をそらしたと同時に、首筋にキスを落とされる。
それはキスというよりは、唇が這うような、そんな感覚だった。
マツバの暑い吐息が首筋にかかり、ぞくりと背中に甘い何かが走る。
「ぁ……」
太ももから腰を撫でられ、自分のものとは思えない声が出た。
思わず口元を覆うと、マツバがクスリと笑った。
「声、抑えても意味ないと思うけど?」
「…な、んで、ぁっ」
やんわりと胸を揉まれ、閉じた口の隙間から声が漏れる。
手に力を入れて口を抑えるが、マツバにはがされてしまった。
私の上で妖艶に笑うマツバは、耳元でそっと囁く。
「声を我慢出来なくなるくらい、気持ちいいからだよ」
初めては最初痛いらしいけど、と付け足して言ったマツバに、眩暈を覚えた。
私はこの男に、殺されるんじゃないんだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていた時、ピンポーンと間の抜けた音が家中に響いた。
瞬間、マツバも私も動きが止まった。
嫌な予感がする、と2人して同じことを思ったのか、息をのんだ。
ちらり、と玄関につながるリビングのドアの方を見ると、ドアの隙間からゲンガーがじっとこちらを見ていた。
ホラーさながらなその光景に悲鳴をあげそうになったが、マツバに口を塞がれてどうにか堪えた。
ちなみに、今回口を塞いだのはマツバの手だ。
マツバは呆れたように、ドアの隙間からこちらを覗いているゲンガーを見た。
「ゲンガー……」
ぽつり、とマツバが呟くと同時に、玄関の外から声が響いた。
「ナマエさーん!いませんかー!」
家の外にいる人物は、ピンポンピンポーン、とインターホンを連打する。
久しぶり過ぎて一瞬反応が遅れたが、この声の主は、
「ユウコさん…?」
「…だな」
ハァァァ、とため息をついてマツバはのしかかってきた。
お約束か…、となにやらブツブツ言っている。
そしてインターホンの連打の数もすさまじくなってきた。
ゲンガーもそわそわし始め、マツバはだるそうに起き上った。
「…出てやれよ」
「でも……」
「じゃないと、ユウコさんはうるさいんじゃないか?」
「………」
マツバの言う通り、ピンポンピンポンピンポン、と家中にこれでもかというほど音が響いていた。
急いで玄関へと走り、リビングを後にする。
ドアを開ければ、案の定ユウコさんが笑顔で立っていた。
「久しぶり、ナマエさん」
「ひ、ひさしぶり…」
「もしかして、寝てた?」
「えっ…まぁ、うん」
「やっぱり、ボタン外れてるよ?」
そう笑顔で言うユウコさんの指さす先は、私の胸元。
ブラウスのボタンが、第2どころか第4ボタンまで外れており、下着も見えていた。
慌てて掛け直すが頭がパニック状態でうまく考えられず、ボタンを掛け違えてもう一度やり直す。
ボタンを掛け直す際、いつの間にここまでボタンが外されていたのかと思ったが、はたとマツバに下着を見られたのではないか、と考えついた。
このブラウスのボタンを外したのは確実にマツバだし、見られていてもおかしくない、ということに気づいて急に恥ずかしくなった。
ユウコさんに、顔赤いけど大丈夫?と聞かれてもっと恥ずかしくなった。
「あのね、ナマエさん。これを見てください!」
じゃーん、とまるで子供のような手振りでカンケースのようなものを取りだし、私に見せてくれた。
そのケースには見覚えがあり、8つある凹みのうちの3つが収まっていた。
「凄い…もうそんなにジムバッジ集めたんだ」
「凄いでしょう?あのときの私とは違うんだから!」
そう言って嬉しそうに笑うユウコさんを見て、本当に久しぶりだと思った。
そして、ユウコさんの次の言葉を聞くまで、私は重要なことを忘れていたことに気がついた。
「これで、マツバさんに挑戦できるんですよ!」
そうだ、ユウコさんはマツバのことを……。
「やっと告白の返事が聞けるので、嬉しいです」
ユウコさんの笑顔を見て、何も言えなくなった。
(どうしよう……!)
20110311