とける

「…で、マツバさんとはどこまでいったの?」

「……え?」


きっかけは、友人の一言だった。
思わず飲みかけの紅茶を吹き出しそうになり、友人を睨んだ。
若干、八つ当たりである。

「もうやっちゃったわけ?」

「……な、なにを」

「言っていいの?」

「いえ、言わないでください」

ずず、と行儀悪く紅茶を飲みほして、改めて考えてみた。

マツバと付き合いはじめて、そろそろ3ヶ月が経過しようとしていた。
初デート(?)も、旅行もしたくせに、マツバと恋人らしいことをしたのはキスだけだ。
恋人になったあの日は、抱き合ったこともある。
しかし、ここまで考えて不安になった。
これではまるで、高校生同士のお付き合いのようだ。


私もマツバも、もう成人した立派な大人だ。
だからそろそろ…進展があってもいいんじゃないか?






「…何だい、じろじろこっちを見て」

「……べつにー」

「お金とるよ」

「彼女に向ってひどい!」

「きもい」



こいつ本当に私のこと好きなんだろうか。
進展どころか、恋人であることすら怪しいこの状況。
マツバは、私と…その、そうなりたいとかは思わないんだろうか。


もう一度マツバを見てみるが、マツバは私をスルーして本を読んでいる。

そんなにその本は面白いのだろうか、と本のタイトルを見たら「ジョウトの和菓子ベスト100」と書いてあった。意外すぎる。

というか、私はそんな本よりも興味を引かないということなのか。


「泣くぞ」

「泣いてみろよ」


ダメだ、こんな状況では進展なんて期待もできない。
あーあ、昨日かわいい下着買いに行くんじゃなかった…、と期待をしていた自分を恥じた。
そして、なんだかんだで次に進みたい、と思う自分にもっと恥ずかしくなった。
熱があつまり、きっと赤いであろう顔を両手で覆う。
なんて恥ずかしい奴なんだ、私は…!



「…何、赤くなってるんだ?」

「ほっといて」


言葉通り、マツバは私をきれいに放置した。
もう一度言う、本当に私たちは恋人なんだろうか。
大事なことなので2回言いました。




「マツバってさぁ…」

「私のこと好きなの?、って言うつもりかい?」

「!」


千里眼の能力なのだろうか、いや、今のは分かっていてそう言ったんだろう。
マツバは本から顔を上げ、ニヤリと笑ってこちらを見た。
分かっているくせに、あえて私の行動に気付かないふりをする。

ああ、マツバはこういう奴だった、と改めて思い知った。


「マツバは、」

「何?」

「私のこと好きだよね?」

「そうなんじゃないの」

「そっ…それなら、その……」

「…何?」

「わ、私と……」



ごにょごにょ、と言い淀んでいるとマツバが机の上に本を置いた。
そして腰かけていたソファーからゆっくりと立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
ソファに座っている私の正面にしゃがみ、私の顔を下から覗き込んできた。



「私と、何?」

「……し、」

「し?」


「したい、と思わないの?」

「………」


最後の方は声が弱弱しくなっていき、マツバがそれを聞き取れたかは怪しい。
しかし、言った後でかなり後悔した。
これじゃあまるで、欲求不満みたいじゃないか!
ちらり、とマツバを見ればポカンとした表情でこちらを見ていた。
こいつ今なんて言った?みたいな顔をしている。



「欲求不満か?」

「!」



今一番言われたくない言葉を言われて、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
なんてことを言ってしまったんだ私!と後悔するがもう遅い。
マツバが若干引いているのを見てもっと後悔し、本当に泣きたくなった。



「聞かなかったことにしてください」

「無理だね」

「そこをなんとか」

「無理」

「……引いた?」

「引いた」

「………」



ガーン、という効果音が私の背後で流れた。
音は聞こえずとも、マツバには伝わったと思う。

なんだろう、泣きたいを通り過ぎて死にたい。


グス、と鼻をすすったらマツバに鼻をつままれた。
呼吸がしにくい、とマツバを睨んだら、口も塞がれた。

私を窒息死させたいのか、と思ったが私の口を塞いだのはマツバの唇だった。
鼻を摘まんでいた手は後頭部に回され、今までしたことが無いような深いキスをする。
突然のことに頭がついていかず、最初のうちは固まったままだったが、何度も繰り返されるそれに慣れてきて、無意識の内にマツバの唇を追うようになる。

悩ましげな吐息が漏れるのと同時に、くちゅりと唾液の混ざる音が部屋に響く。
なんていやらしいんだろう、と麻痺をしかけた脳内で考えていると、ゆっくりとソファーに押し倒された。

視界には見なれた天井と、少しぼんやりとしたマツバの顔があった。
ハァ、と息をついてマツバが覆いかぶさってきた。
私の肩口に顔を埋め、耳元でそっと囁かれる。




「したくないわけ無いだろ」



20110228