ホウエン旅行その4

ホウエン旅行3日目。
今日でホウエンを観光するのは最後である。
明日も一応時間はあるが、昼前にはフェリーに乗ってジョウトへ帰らなければならない。
つまり、ほとんど観光する時間はない。
まぁ、マツバもおくりび山だけで満足そうにしていたからいいのだけれど。
そして実質、旅行最終日に私達は再びカナズミシティを訪れていた。
そして、カナズミシティの近くにある、花屋のイベントにやって来た。

「うんうん、ナマエちゃんいい感じよ」
「そうですか……」


淡い水色を基調とした花をあしらっているドレスを着て、鏡の前に立つ。
こんなふわふわした服を着るのは始めてで、少し緊張した。
くるりと鏡の前で回り、もう一度確かめる。


変じゃないよね…?


うんうん唸っていると、オーナーはクッキーが大量に入ったかごを持ってきた。

「これから、このクッキーを会場のお客様に配ってもらえるかしら?」
「いいですけど……重いですね、これ」

かごを受けとると、なかなか重みがあって驚いた。
どれだけクッキーが入っているんだと驚いたが、それ以上に驚くことがあった。

更衣室がわりになった部屋を出ると、なぜかタキシードを着たマツバが立っていた。


「あらマツバさん、とっても素敵じゃないですか」
「ありがとうございます」


マツバは笑顔で返したが、私には分かる。
マツバはかなり不機嫌である。
このフラワーフェスティバルについて話すと、マツバは来場客として参加すると言っていたはずだ。
それが何故、タキシード?
疑問に思うことはあったが、タキシード姿のマツバは様になっていて、思わず見とれてしまった。


「何でタキシード着てるの?」
「あのオーナー、僕が君の恋人だと知るや否や問答無用で僕を引っ張って花屋に押し込めたんだ」

「それで……その服着せられたの?」

「……………」


不機嫌だが、こんなにげっそりとしたマツバを見たのは初めてだ。
恐るべし、オーナー。
人前では営業用だが、あのブラックマツバをここまで追い込むとは、なかなかのものだ。
今日帰り際にオーナーにいろいろ聞いて帰ろうと思った。


「ほら、ナマエちゃん!マツバさん!早くクッキー配ってちょうだい!お祭りははじまってるのよ!」


「………」
「………」


二人揃ってだらだらと立ち上がり、クッキーの入ったカゴをマツバが持ち、私はひたすらクッキーを配るという同じ作業をひたすら繰り返す。
マツバの目が死んでいるように見えたが、しっかり女性陣の注目は集めていた。

私達の他にもクッキーを配っているカップルもいたが、女性陣のほとんどが私達の周りにクッキーを貰いに集まってくる。
正確には私達、ではなくマツバに、だ。
マツバがジムリーダーであることを知っているのか、サインまで求めてくる始末。
一緒にクッキーを配っているはずなのに、仲間外れ感を感じるのは何故だろう。

なんだか虚しくなってため息をつくと、クッキーを貰いに来た女性がいらない気をつかわせて「クッキー配るの変わりましょうか?」と言って私の持っていたクッキーを奪っていった。
あれよあれよと集団から押し出され、ポツンと一人取り残された。
本当に何だこれは、虚しいにも程がある。


「…………」


ちらり、と近くにある池の水面に映る自分を見る。

昔からずっとそうだ。
マツバはかっこよくて、優しくて(私以外には)、ポケモンバトルも強くて、その上ジムリーダーという職についている。
そんなマツバの幼なじみという理由で、いつも隣にいた私はいつもマツバに釣り合わない。
あれだけ一緒にいても付き合っているだのという噂をたてられたことはないし、マツバを狙う女の子は私に目もくれない。
今だってそうだ。
私はドレスを着て、マツバと一緒にクッキーを配っているのに、こんなにあっさり追い出されている。
私達は、カップルに見えないのだろうか。

水面に映る私は、それなりにお化粧もしているし、ドレスだし、いつもよりは綺麗だと思うんだけどな。

ただ、表情だけは浮かない顔をしているけれど。


「もっと女磨いた方がいいのかな…」

「ああ、磨け」

「…げ」


水面に私と、その後ろに不機嫌そうな顔のマツバが立っていた。
片手には空になったカゴをぶら下げている。


「お前、勝手にどこかへ行くなよ」

「ご、ごめん」

行きたくて行ったわけじゃない、なんて言えなかった。
マツバに呆れられそうで怖い……いや、もう呆れられているか。
マツバがなにかムシケラを見るような視線でこちらを見ているもの。
そうでなくても傷心していたのに、これ以上追い討ちをかけないで!


「お前がいなくなったせいで大変だったんだけど」

「……いいじゃない、キャーキャー周りに騒がれて悪い気しないでしょ」

「まあね」


「…………」

ち、くしょう!


キッとマツバを睨み付けてみたが、悲しきかな効果は無かった。


「ほら、まだ仕事あるぞ。今度は花を配れだってさ」

マツバはひょいと手に持った小さい花束を持ち上げてみせた。
今度はそれを配るのか、オーナーも人使いが荒いな。


「今度は勝手にどこかへ行くなよ」

「……はーい」

別に好き好んでどこかへ行った訳ではないんだけど。
花束を配っている最中にまた追い出されそうだ。
ハアア〜とため息をつくと、マツバも同じようにため息をついて振り返った。


「ナマエ」


「何…、」



ふいに目の前にマツバの顔でいっぱいになった。
突然のことに反応が遅れたが、今この状態を理解しても何のリアクションもできなかった。
唇に触れる柔らかい感触に体が熱くなる。



「ほら、さっさと配るぞ」

「……うん」


今度は絶対に追い出されないようにしようと思う。






(あら、マツバさん。お花配りありがとう)
(いえ)
(ナマエちゃんは?)
(あっちでケーキ食べてますよ)
(そう。………マツバさん)
(はい?)
(ナマエちゃん、綺麗だったでしょ)
(………まあ)
(キスしたくなるくらいに)
(…!)
(グロスついてるわよ、マツバさん)



20110211