「ダメよジャック!
あなたには、マリーがいるわ!」
「僕には、ジェニーが必要なんだ!」
繰り広げられる展開についていけず、マツバはチャンネルを変える。
すると後方でナマエが非難の声を上げた。
「あー!なんで変えるの!?」
「展開がうざい」
「ジェニーとマリーの修羅場見たかったのに」
「そっちか」
「そうだよ。じゃなきゃこんなベタベタの恋愛映画見るわけないでしょ」
「修羅場もベタだろ」
「ちょっとチャンネル戻してよ」
マツバの手からリモコンを抜き取ろうとしたが、マツバもマツバでリモコンを離さない。
どんだけ握力をかけてリモコンを握っているのか。
時々頭をこれでもかというほど捕まれるので、今のリモコンの気持ちは痛い程分かる。
本当、痛い程に。
「嫌だ」
「なに…なにか見るの?」
「番組表」
「新聞を見ろ」
「開くの面倒くさい」
「テレビ欄開かなくても見られる場所に載ってるだろ」
なんだこいつ。
ずっと前から我儘俺様だと思ってはいたが、最近なにかと面倒くさい、ばかりだ。
我儘俺様に怠惰というマイナスがプラスされた。
これプラマイ0にはならないよね、マイマイ0だよね。
そんなどうでもいいことを考えていたら、マツバは番組表に切り替えた。
「あ、着信ありやってる」
「ちょ、やめてよ!」
リモコンを奪い取ろうとしたがスルリとかわされ、代わりに腕をがっちり捕まれた。
その時のマツバの顔は、それはそれは綺麗な笑顔だった。
ただ、その笑顔に名前をつけるとしたらニヤリである。
そしてマツバは無情にも、チャンネルを変えた。
画面が文字の羅列から、薄暗い部屋に変わる。
「ちょっ、無理無理!
こういうの見ると夜寝られなくなるタイプだから無理!」
「お、何か出てきた」
「止めてこの手を離して!」
ガタガタ震えながら暴れてみたが、マツバは全く手を離してくれない。
しかも段々握力をかけてくるから更に質が悪い。
目を閉じても、普段より感覚が鋭くなった耳からは嫌というほどテレビの音が入ってくる。
「キャアアアアアア!」
「ぎゃああああああ!」
映画の俳優の悲鳴を聞いて、絶叫。
これ、私も俳優になれるんじゃ、と思ったらマツバに頬をつねられた。
皮膚が伸びそう。
「…お前は本当に女なのか」
「無理無理手を離して痛いいい!」
「………」
何を思ったのか、マツバはパッと手を離してくれた。
そして泣きそうになりながら、マツバのいる部屋の隣の部屋にかけこんだ。
隣から少しテレビの音は聞こえるが、ここなら安心だ。
そう思って座り込んだら、ギリシと音がした。
気のせいかな、と思ったらもう一度。
「……………」
ギリシ、ガサリ。
天井の方から、何やら物音がするのは気のせいだよね。
誰か気のせいだと言ってくれ!
とてつもなく一人でいることが怖くなり、隣の部屋にいるマツバをチラリと見る。
テレビ画面は相変わらず、ホラー映画のままだった。
一人も怖いが、映画も怖い。
どちらをとるか、そう考えていたら突然ポケギアの着信音が鳴った。
しかも、死の着信メロディである。
この時ほど自分の設定した着信メロディを後悔したことはない。
悲鳴をあげながらポケギアを投げ出し、マツバにしがみつくとマツバの手にはポケギアが握られていた。
画面を見ると、ナマエ 呼び出し中という表示が出ていた。
そうだ、マツバの着信音設定は死の着信メロディだ、と今さらながら思い出した。
私を脅かそうと思って電話をかけてきたのか、と悪戯が成功して笑っているだろうマツバを見上げたら、全く笑っていなかった。
「…へぇ。僕の着信音、あれにしてるんだ」
あれ、と言われた着信音がテレビからも聞こえた。
(今夜、気をつけなよ)
(待ってごめんなさい!)
20110108