レッツクッキング

マツバを連れて、料理教室の会場へ行くと、もう既にほとんどの人が集まっていた。

ゆっくりドアを開けると、料理教室に集まった女性達の視線がこちらに集中する。
何で皆こっちを見るんだ、恥ずかしい。


「ちょっとナマエ…!あんた遅刻………」


友人がこちらを見て動きを停止した。
正確には、私の後ろに立っている人物を見ているのだが、ポカンと口を開けている。


「な、んで……マツバさんが…」
「連れて来いって言うから連れてきたんだよ」
「突然すみません。お邪魔でしたか…?」

営業マツバが発動した。
自分でも表情がひきつったことが分かった。


「え?…マツバさんも料理教室に?」
「ナマエに勧められて…。僕、料理ってあまり得意じゃないんですよ。それで、いい経験になるかなと思って」

恥ずかしいんですが……と頭をかくマツバは本当にマツバなのか。
奴が狙っているのは料理の経験ではなく、夕飯になる肉じゃがと銘菓コガネのお買い物券だ!
と叫びたくなった。

同時に、女性陣が騒がしくなる。
それはそうだ、この町のジムリーダーが料理教室なんかに来たのだから。
まぁ、若くていい男が来たことの方が理由としては強いか。

「じゃ、じゃあナマエはあそこのグループね!
マツバさんは…ここで」

友人はあたふたと私達をグループに割り振った。
一つのグループに5人ずつ、5グループある。
結構人数が集まっていると思う。
友人は私の時のように知り合いに頼み込んで来てもらったのだろうか。
だとしたら、かなりの頑張りだと思う。
しかし、一つのグループに一人ずつ、男がいるのは何故なんだ。

配属されたグループへ行くと、女3人のグループが出来上がっていた。
3人共、別のグループに配属されたマツバを見ている。
マツバはグループの一人にエプロンを借りているところだった。
マツバを食い入るように見ている3人の横で、もう一人いた男の人が苦笑いをしてこちらを見た。
私も苦笑いをして男の人に返した。
私と年齢も近いくらいだろう、その男の人が隣にやって来た。

「マツバさん、凄いですね…」
「そうですね。他グループの女性の方達の視線をあれだけ集められるとは……」
「マツバさんと一緒に入ってこられましたが…知り合いなんですか?」
「幼馴染みなんですよ」
「そうなんですか…」

一瞬、恋人です、と言おうか迷ったが止めた。
この場でそんなことを言えば、この料理教室に来ている女性に殺される気がする。


「私…ナマエと言います。
あの……お名前は?」
「すいません、まだ名乗ってませんでしたね。ヒイラギと言います」
「ヒイラギさんですか。
今日はよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」


ペコリとお互いに頭を下げる。
そして頭を上げた際に、ヒイラギさん越しに、こちらを睨みつけるマツバと目があった。
ヒィッと声を上げてしまい、ヒイラギさんはどうかしました?と振り向いたが、その時のマツバは既に営業用だった。









「野菜まだですか……?」
「すいません、ちょっと待ってください……」


メンバーの料理の出来なさは予想以上だった。
野菜を切るのも一苦労、そして言うのもあれだが遅い。
女性3人のうち一人はなかなか包丁使いはうまいが、他の二人が遅い。
なんで肉じゃがの材料を切るのにこんなに時間がかかるんだ。

途中で野菜を切る係りを私とヒイラギさんに代わり、ペースをあげる。
さっさと野菜を切り終わり、ヒイラギさんを見ると全く進んでいなかった。
女性3人は世間話に花を咲かせていた。
なんてまとまりの無いグループなんだ。


「ヒイラギさん、手伝います」

「あ、すいません…。料理はあんまりしないもので…お恥ずかしい」

ぎこちなく包丁を動かすヒイラギさんを見て、指でも切るんじゃないかと思っていたら本当に切った。
なんてベタな。


「痛……」

「大丈夫ですか?」

急いでポーチから絆創膏を取りだし、ヒイラギさんの指に巻く。
さっさと野菜を切って、肉じゃがを作る段階に入らなくては、と顔をあげるとヒイラギさんと目があった。
どうやらこちらを見ていたらしい。
目が合った瞬間、ヒイラギさんは視線を反らしてありがとうございます、と言って野菜を切り始めた。

それから料理教室が終わるまで、ヒイラギさんは視線を合わせてくれなかった。















「もう、行かないからな」


帰り道、マツバは不機嫌そうにそう呟いた。
マツバの手には、今日作った肉じゃがの入ったタッパーに、お買い物券の入った布袋がある。
私もタッパーの入った袋を手に下げていた。


「なんで?ちやほやされて楽しかったでしょ」

「あんまり」

「ふぅん」


何故こんなにもマツバは不機嫌なんだろうかと考えてみたが、心当たりがない。
グループの女の人達がうるさかったのだろうか?
うーん、と考えてみたところで、分かるわけがないのだけれど。


「……お前ももう行くな」

「行かないよ。予想以上に疲れたし……」

パフェを奢られても、もう勘弁だなぁ、と思いつつ、ヒイラギさんのことを思い出した。
そういえば、別れ際に何やらぶつぶつ言っていたけれど、あれは何だったんだろうか。


「ナマエのグループにいた男……」

「ヒイラギさん?」

「お前、もうあの男と関わるなよ」

「関わるも何も…もう会うことないでしょ」

「じゃあ会うな」

「……?」


何をそんなに怒っているのだろうか。
結局、私にはよく分からなかった。



(マツバ、肉じゃが交換しようよ)
(…なんで)
(いいじゃない。マツバのグループの肉じゃが食べたい)
(別にいいけど…)
(やったー)


20110106