この手で掴む

今、なんて言った?


マツバの口から、らしからぬ発言が聞こえた気がするのだけど気のせい?

ポカンとしていると、マツバは顔をしかめてナマエの頬をつねった。


「何か反応しろ」
「いだだだだだだ」


無理だろう、この状態では。
頬をつねるマツバを睨むと、マツバはフイと視線を反らした。
心なしか頬が赤い気がする。
お願いだから見間違いでいて欲しい。
そうでないと、私もかなり恥ずかしいじゃないか。


「言うんじゃなかった…」

ボソリとマツバが呟いた。


「ちょ、待ってよ!」

「………何」


面倒くさそうにこちらを見るマツバは、先程までのあの優しげな笑みを浮かべていた人とは思えない。
なんだ、この短時間での変わりようは。


「今の、なに」
「は?」
「今のは…告白なの?」
「…………」

またもやマツバはフイと視線を反らした。


「ねぇ、誰に言ったの」
「………察しろ」
「察しない」
「何だそれは…」
「知らない。ねぇ、ちゃんと言ってよ」
「…………」

マツバの着流しを掴み、マツバを見る。
マツバは眉間にシワを寄せたまま、チラリとこちらを見た。
そして、盛大なため息をついた。

「頼むから…察しろ」
「嫌」
「子供かお前は」

そしてまた、ハァとため息をついた。
そしてマツバは、私の腕を思い切り引いた。
引かれるまま体は傾き、マツバの腕の中にすっぽりと収まった。


「マツ、」
「分かっただろう」
「………」
「これ以上は、無理だ」

マツバの肩に顔を埋め、マツバの顔を見上げると耳は真っ赤だった。
珍しい、マツバもこんなに照れる時があるんだな、とぼんやりと思った。
こんなに密着しているのだから、私の心臓の速さも伝わっているだろうか。


「うへへへへ」

「きもい」

「きもいもん」

「うざい」

「うざいもん」

「……面倒くさ」

「マツバ」

「…何だよ」

「大好き」

「…………あっそ」



背中に回された腕に力が込められた。
その分、私もマツバの背中に腕を回し、ぎゅうと力を込める。


「ねぇ、いつから私のこと好きだった?」
「…………」
「私が旅に出た時だから…6年も前から、」
「お前もう黙れ」


不機嫌そうに呟くマツバがどうしようもなくいとおしいと思った。
ああ、私も、ずっと前からマツバのことが好きだったのかもしれない。














ああ、らしくない。
なんだ、これは。

自分の腕の中で何やらベラベラ喋るナマエがうざい。
ホウオウに会うという夢が叶わなくなった時より、傷を抉られている気がする。

本当に面倒くさい。


「マツバ、着物ぐちゃぐちゃじゃない」
「お前の顔程じゃあない」
「それはひどくない?」


顔を上げたナマエは苦笑いをした。
別にひどくはないだろう、これがいつもの僕とナマエだ。


「…上手くいくもんだな」
「え?」
「いや、」


本当に都合がいいと思う。
ホウオウに会う夢を絶たれた日に、ホウオウに会う夢が叶ってこその別の願いが叶うのだから。
昔の僕は何でそんな事を決めたのか、今ではうろ覚えだ。
まぁ、このことはいつか、話すことになるだろう。
だから、それまではナマエには黙っておく事にする。
出来れば、話したくは無いのだけれど。


今はただ、この手に掴めるものを掴んでおく。


「ナマエ」

「なに…、」


頬に手を添えると、おそろしくおとなしくなったナマエに笑えた。
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか。
本当にこいつは、面白いと思う。
ゆっくり顔を近付ければ、真っ赤になってこちらを凝視する。


「空気を読め馬鹿」

「だ、だだだってマツバ…」

「…………」

「も、もしかして…」


何が言いたかったのかは知らないが、僕もそう気が長い方ではないので、ナマエを無視して口を塞いでやった。






最大の夢を失った日、
最愛の人を手にいれた




end

20110101