そのためかお客さんも多く、コガネ百貨店はいつも以上に混雑していた。
私はというと、本来警備の仕事なのだが、2年ほどホウエンにいたということで販売員になっていた。
販売員と言っても、会計場所は別にあるので商品の説明係になっていた。
「すみません」
「はい?」
帽子をかぶり、肩にエイパムを乗せた少年が話しかけてきた。
「このポロックっていうの……体験で作ることが出来るって聞いたんですけど」
「はい、作れますよ。
今空いているみたいだから、すぐに出来ますよ。
何か、きのみをお持ちですか?」
「あ、はい」
少年はカバンをガサガサと漁り、モモンの実を取り出した。
モモンの実を取り出すと同時に、金属製のケースが床に落ちた。
そのケースが床に落ちた衝撃的で開き、中に入ったものが飛び散った。
「うわっ」
「大丈夫?」
慌てて二人で散らばったものを拾う。
そして一番初めに手にとったのは、見覚えのあるものだった。
「……これ」
「どうかしました…?」
少年は散らばったものを全て、正確には私が持っている以外のものを既にケースに収めていた。
ケースの中で、7つのバッジはキラキラと輝いていた。
「マツバの……」
「あ、はい。それ…マツバさんに貰ったものです」
なんとなく、驚いた。
この子がこのバッジを持っているということは、マツバにジム戦で勝ったということ。
私の中のイメージでは、マツバは無敗の存在であり、現にマツバのジムで足止めをくらうトレーナーはたくさんいる。
と、言っても、マツバも負ける時はある。
それは当然のことであり、ポケモン協会が決めた規定値をジムリーダーは守らなければならないということもある。
しかし、今までにマツバがジム戦に負けたとあまり聞いたことがなかった。
だからなのかもしれない、こんなに驚いているのは。
そういえば、腕を怪我した時にミナキが言っていた。
マツバがジム戦に久々に負けた。
その時のチャレンジャーはこの少年なのかもしれない。
「ねぇ、君。名前は?」
「ヒビキ、って言います」
「ヒビキ君…ね」
「…お姉さんの名前は?」
「ナマエ」
「ふぅん、ナマエさん。
……ナマエさんは、今日は警備の仕事をしていないの?」
「…え?」
「前にここに来た時に見たんだ。腕の怪我は大丈夫?あと、ナマエさんのウインディ強いね」
意味が分からず、ポカンと驚いているナマエを見てヒビキは笑った。
「仕事、何時までなの…?
もし良かったら、仕事が終わった後、話しない?」
「…へぇ、じゃあヒビキ君はニューラ暴走事件のあの場所にいたんだ」
夕方に仕事が終わり、自然公園で待っていてくれたヒビキ君と落ち合い話を聞くと、どうやらあの事件を見ていたらしい。
「次の日がジム戦で、回復系のくすりを買いに行っていたんだ。そしたら、ニューラに人が襲われたーって騒ぎを聞いてさ。
助けにいこうと思ったら、ナマエさんのウインディが全部片付けた後だった。
ねぇ、ナマエさんもポケモントレーナーなの?
あのウインディ、そうとう鍛えてあるでしょ」
「ちょっと前まではポケモントレーナーだったよ。しかもチャンピオン目指してた」
「え?もうやめたの?」
「やめたというか…諦めたのよ。…何回挑戦してもチャンピオンに勝てなくてさぁ…。
……ああ、顔も思い出したくない」
「…そうなんだ。でも…チャンピオンまでたどり着いたんだね」
「まぁ…一応」
「俺、今からポケモンリーグへ行くんだ。ねぇ、リーグってどんな感じ?四天王とかチャンピオンってどんな人?」
「うーん……それは」
ヒビキ君を見ると、それはそれは綺麗な目でこちらを見ていた。
希望に道溢れた、迷いのない、澄んだ目をしていた。
私にも、こんな時代があったのかな…としみじみと感じた。
「それは…行ってからのお楽しみでしょ。それに私、ホウエン地方のリーグしか行ったことないから分からないや」
「たしかに…そうだね。
行ってからのお楽しみにしておくよ」
そう言うと、ヒビキ君は満面の笑みを浮かべた。
そして、腰につけているモンスターボールのうちのひとつを取った。
「じゃあ、俺そろそろ帰るよ。話しができて良かった。またコガネに来た時に、話しに行ってもいい…?」
「はは、いいよ。またおいで」
「良かった。
それじゃあ……お礼に、いいもの見せてあげる」
ヒビキ君はニコリと笑い、手に持ったモンスターボールを投げた。
中から現れたポケモンに、絶句した。
「実は、今日捕まえたんだ。
知ってる?エンジュの……」
ヒビキ君の言葉が、途中から耳に入ってこなかった。
目の前に佇むポケモンは、虹色に輝く羽を広げ、ヒビキ君の隣に舞い降りた。
(うそ、でしょう)
20101227