敵はどこにでもいる

「これ」
「はい」
「これも」
「はい」
「あと、これ」
「…はい」
「あー、後は」
「まだ買うの?」

正直、今持っているカゴを直視したくない。
カゴの中にはこれでもかというほどの食料が詰められている。
一体、これを会計するといくらになるのかと目眩がした。
財布の中はおろか、今月のやりくりが心配になってきた。


「当然だろう。この機会に当分買い出しに行かなくても大丈夫なくらい貯めておく」
「私のことも少しは考えろよ」
「文句を言える立場かい?
この僕がわざわざ、怪我をした君の病室にまで付き添ってやったのに」
「それは……」
「それに、一週間夕飯を作れと言ったはずだけど?」
「これ夕飯じゃなくね?」

確実に保存食だ。
カゴに入っているものの大半がインスタントである。
その他はお菓子。
お菓子と言っても、羊羮だとか饅頭だとか煎餅である。
マツバの好物は、全体的にじじくさい。
これを何年か前に、本人に言ったことがあるのだが、その時のことはあまり覚えていない。
ただ、逆に記憶が無いことが恐ろしい。
記憶が無くなるほどの何かがあったのだろうと、確信している。


「いつかの夕飯にはなるよ」
「…マツバって、自炊しないの?」
「面倒くさいからね。あまりしないかな」
「へぇ、意外」

マツバはなんとなくだけど、家事の出来そうな雰囲気を漂わせているから、本当に意外だと思う。
そういえば、この前家へ行った時も妙に冷蔵庫がスッキリしていた気がする。


「時々、イタコさん達が差し入れを持って来てくれるから、それで食いつないでいると言っても過言じゃないよ」
「……それはどうなの?」

本気で心配になってきた。
カゴの中のインスタント食品を見て、思いきって提案することにした。


「これ買うのやめない?」
「え?」
「インスタントじゃなくてさ……野菜とか買おうよ」
「いいよ」
「……やけにあっさりしてるね」
「全部ナマエの驕りだからね」
「…ああ、もう。なんでもいいや」

カゴに詰まったインスタント食品を元にあった陳列棚に戻していく。
一応、ストックとして即席麺を一袋は残しておいた。
そして野菜をカゴに入れ、カレー粉と肉も購入。
ここでやっと「ああ、カレーか」と気付いたマツバだった。
本当に料理とか作らないのかと不安になった。
あれ、でも一回ジムでエプロンつけてたのを見た気がするんだけど。


「ねぇ、本当に料理とか作らないの?」
「まぁ、作らないわけじゃないけど作る方でもない」
「……曖昧だね」


マツバの意外な一面を見ることが出来て嬉しいような、嬉しくないような。
ただ、見た目と反することは確かだ。
マツバがあまり料理を作らないとマツバファンが知ったら、マツバは当分食に困らないだろう。

そんなことを考えつつレジにカゴを置き、会計を待つ。
追加されていく金額をじっと見ていると、ふと視線を感じた。
視線のする方に顔を向けるとレジ担当の女の人が、こちらを凝視しながら会計をしていた。
わぉ、流石長年レジ係をやっているから手元を見なくても会計できるんだね、すごーい……じゃなくて。

めちゃくちゃ怖いんですけど。

凝視というか、睨まれているというか。
とにかく殺されるんじゃないかというくらいの眼力がある。
化粧で更に目力が増し、本当に怖い。

そんなレジ係に気づかないふりをして財布の中身を無意味に確認してみた。
こんなに早く会計が終わればいいと思ったのは初めてだ。


「あの…」

会計も残すところあと羊羮だけ、というところでレジ係が話かけてきた。
心の中で悲鳴をあげたつもりだったが、声に出てしまったらしい。
マツバがボソリと、うるさい、と言った。


「…失礼ですが」

「は、はいい?」

「お二人の関係は?」

「はっ」


その言葉に完全にフリーズしてしまった。
お二人の関係だなんてそんな…!とマツバの方をチラリと見たらじっとこちらを見ていた。
ちょっとやめてよ、見ないで、恥ずかしい。
穴があったら入りたい、無かったら掘ってでも入りたい。


「どうなんですか?」

「は、いや。ちち違いますよ、ただの幼馴染みです」


混乱して思わず無駄に大きな声で答えてしまった。
周りからの視線が痛い。
マツバからの視線も痛い。
そして足を踏むなマツバ。


「あ、そうなんですか」


レジ係の反応は非常に薄かった。
なにそれ。
あんなに怖い顔して聞いてきたのに、反応薄くない?


呆然とレジの女の人を見ていると、マツバに「早く会計すませなよ(早くしろ馬鹿)」と言われ我にかえり、財布を開いた。
マツバは会計の終わったカゴを台に持って行った。

ハァ〜とため息をつき、お金を出すとレジ係と目があった。
レジ係はニッコリと笑い、スッと何かを取りだし、こちらに見せてきた。

それはカードで、
『会員番号0025 マツバさんファンクラブ』
と書かれていた。


思うことはいろいろあったが、とりあえずレジ係の最後の不敵な笑みが堪にさわった。



(ファンクラブって、本当にあるんだ)

20101224