深い傷

目を覚ますと、目の前には真っ白な天井…ではなく、ゴースの顔がドアップで広がっていた。

「……ぎゃあああ!」

しばらく思考が停止した後、正気を取り戻して自然に叫び声が出た。
叫ぶと同時に顔に何かがぺしゃりと当たった。
何だと持ち上げてみれば、綺麗とも汚いとも言えない濡れた雑巾だった。
雑巾の飛んできた方に視線を向けると、見慣れた金髪が月の光を浴びて煌めいた。
窓から差し込む月の光から、ああ夜なんだな、とぼんやり考えると同時に、その男の美しさに魅とれた。
コイツ、こんなにかっこよかったっけ?
じんわり痛み始めた腕を他所に、心臓がこれでもかというほど動き始める。鼓動が苦しい。


「バカだろ」

月光に照らされ、まるでオブジェのようにそこに佇んでいたマツバの第一声は、いつもの馬鹿にするような口調のままだった。


「……私、どれくらい寝てた?」
「5時間」
「うそ…今、何時?」
「朝の2時」

ガバリとベッドから起き上がると、衝撃で左腕がズキリと痛んだ。
包帯を巻かれた左腕を擦ると、ゴースが心配そうに左腕を見つめた。

「馬鹿、寝てろ」
「…でも」
「でもじゃない。一応お前怪我人なんだから、寝てさっさと怪我を治して病院から出て行け」
「………もうちょっと、言い方っていうものは無いの?」
「あー眠い」
「無視か」


ふあ、とあくびをしたマツバを見てふと思った。
何故、マツバは今ここに、しかもこんな時間にここにいるのだろうか。

「マツバは…何でここにいるの?」
「ナマエの保護者代わりだ」
「保護者…?」
「今、ジョウトにナマエのご両親はいないだろう。だから、代わりに僕が呼ばれたんだ」
「それは……すいませんでした」
「一週間、夕飯を作れ。それで許してやる」
「ええー」

一週間はキツイなぁ、なんて思いながら、夕飯は何にしようかと考えている私は末期だと思う。
何故だろう、少しだけ腕の痛みが引いた気がした。


「ねぇ…あの後、どうなったの?ニューラは?」

「ニューラはボールに戻したよ。話を聞いたけど、あのニューラ、どうやら知り合いのトレーナーに貰ったらしい」
「やっぱり…」
「ポケモンのレベル相応の力を持っていないトレーナーに渡すべきじゃなかったね。
こういう事故が起こるから、つくづく危険だと思うよ」

無表情で淡々と言ってのけるマツバが少し怖かった。
ホラー的な意味では無く、なんだか怒っているようなそんな感じがした。
もしかして、心配してくれたのだろうか。

不謹慎ながらも、嬉しくて緩む口元を布団で隠した。

「……じゃあ、僕は帰るよ」

「もう時間遅いよ。病院に泊まっていけばいいのに…」
「仮設ベッドは痛いから勘弁。それに、明日ジム戦があるから」
「…そっか、頑張って」
「それにナマエのいびきで眠れそうにない」
「うっさいわ」

何だよ、途中までいい空気だったのに。
この男はモテる割にはムードが読めない。
じと目で見るとマツバはゴースをボールに戻した。
そしてナマエの寝るベッド際にやって来ると、ガシッとナマエの鼻を摘まんだ。

「大人しく寝てろよブタ鼻」

「………」

どっちかというと、今の状態はブタ鼻ではなく、むしろ逆だと思うんだけど。
鼻が摘ままれて、なんとも息のしにくい状況で気持ち悪い。

鼻を摘ままれたまま、コクリと頷くとマツバはやっと手を離してくれた。
ただ、手を離した時、スルリと頬を撫でられた。


「眠……」

そう言って、ふらふらと病室を出て行ったマツバを、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。
ああ、顔が熱い。
マツバに触れられた頬に手を当て、ほうと息をついてベッドに寝転がった。

心臓がうるさいので、暫くは眠れそうにない。



(次の日、ミナキがお見舞いに来てくれた。
マツバはジム戦に負けたそうです)


20101213