つかめない

「明日にもエンジュを出発して、キキョウシティへ行くわ。
そこからバッジを集めて、またエンジュに帰ってくるから」

ユウコさんはそうサラッと言うや否や、準備があるからと颯爽と帰宅していった。
取り残された私とミナキとマツバに変な空気が流れたが、マツバが付け足すように説明してくれた。

「さっき軽くポケモンバトルしてきたんだ。で、休憩がてらここでお昼を食べていたんだけど…。
彼女も前よりはかなり上達したし、旅を続けても大丈夫だろうと言ったら、本当に旅に出るらしい」
「即決だな」
「うん」

それは、マツバがそう言ったからではないのか。
恋の力ってすげー、などと何気なく考えていたらマツバと目があった。
途端に頭の中が真っ白になる。

「で、君達は何をしてたの?」

「まぁ、これは男同士の秘密だ」
「…………ごめん私、女なんだけど」
「細かいことは気にするな」
「細かくねーよ」

なんだかんだと適当なことを言って、どうにかマツバからの質問を回避した。
マツバはずっと眉間にシワを寄せていたが、私とミナキはしらを切り通した。

そして次の日、早朝にユウコさんが家を訪ねて来た。
ごめんなさい、アポとか取ってもらえたら嬉しかったんですが。

「ナマエさんに話しておこうと思って」
「………はい?」


ソファーに腰掛け、ユウコさんは姿勢を正した。


「私、マツバさんに告白したの」
「そうなんですか…」


とにかく眠くて、流してしまいそうになったが押しとどまった。
今、なんて言いました?


硬直する私に対して、ユウコさんは嬉しそうに話し始めた。

「でもね、返事は聞かなかったの。
返事は私がマツバさんとポケモンバトルをして、勝つことが出来たら教えてもらうことにしたの。キキョウからヒワダ、コガネと回ってエンジュに帰ってくる。それでジム戦。
……なんだか怖いようなドキドキするような気もするんだけど」

えへへ、と頭をかいて笑うユウコさんが遠くに見えた。
自分のことが手一杯ですっかり忘れていた。
ユウコさんも、マツバのことが好きなのだ。
それが今更ながら衝撃的だった。

「それを報告したかっただけ。朝早くに押し掛けてごめんね」
「……ううん、いいよ」

「それじゃあ、そろそろ行くね。今度会うのは、かなり先になると思うけど」

「うん……じゃあ、また。いってらっしゃい」

「またね!いってきます!」



そう言って笑顔で旅立って行ったユウコさんに罪悪感が沸き上がった。

私は卑怯ではないだろうか。
ユウコさんの気持ちを知っておいて、私の気持ちは伝えていない。
この気持ちは、ユウコさんがまたエンジュに戻って来るまでに消したほうがいいのだろうか。


そんなことをぐるぐると考えながら、ユウコさんに手を振った。


そしてぼんやりと手を振り続け、ガシリと誰かに腕を掴まれた。


「誰に手を振ってるの?」

「え?いや…、ユウコさんに…」


ふと前を見ると、ユウコさんは既に見えなくなっていた。
あれ、いつの間に…などと呑気に考えていた思考は、徐々に覚醒し始めた。
今、私の手を掴んでいる人物に恐る恐る視線を移すと、怪訝な顔をしたアイツが立っていた。

「うわぁお!」

「……なんだい、その叫び声」

マツバは顔をしかめた。
しかし、そのしかめっ面すら、私の鼓動を早くさせるには十分だった。

「な、なな、なんでここにいるの?」
「ああ、お腹すいたから食料調達に来た」
「……ショップからは逆方向だけど?」
「ははっ、ショップよりいい食料調達の場所があるだろう」
「私の家と言いたいのかこの野郎…」
「確か、昨日くらいにパン買ってきていたよな」
「…また不法侵入を」
「おじゃまします」
「ちょっ!話を聞け!」

ズカズカと当然のように家に上がり込むマツバの服を引っ張るが、お構い無しにずんずん進んで行く。
こうなったマツバは、もはや止められるわけもなく、昨日買ったおいしいパン屋のパンを食べながらコーヒーを飲むという、なんとも優雅な朝食タイム。
ひとつ言っておこう、ここは私の家だ!

「うまいなコレ」
「そりゃあ、どうも」
「別にナマエを誉めているんじゃないよ。パンを作った人に言っているんだ」
「……あっそ」

なんなんだコイツは、と思いつつ自分をコーヒーをすする。
そして、頭の片隅にあったことを思い出した。
聞こうか、聞かまいか。
再びぐるぐると考えたが、答えはすぐに出た。
好奇心が、私の中で勝った。

「…ユウコさんに、告白されたんだって?」

聞いた後、すぐに後悔した。
一瞬でも自分の中で勝った好奇心を呪いたくなった。
そんな私をよそに、マツバはサラリと答えた。

「そうだね」

あまりにもサラリと答えるものだから、こちらが拍子抜けしてしまった。
マツバのこの態度を見るに、慣れた、というような雰囲気で嫌になった。
私がもし、気持ちを伝えたら、こんなふうに軽くあしらわれてしまうのだろうか。
その確率は非常に高い。
そうでなくても、扱いが酷いというのに。

「で?」
「……え?」
「他に聞きたいことがあるんじゃないのか」

いつの間にか、マツバはパンを食べ終わっていた。
コーヒーを飲みながら、こちらをじっと見据えている。
聞きたいことは確かにあるが、これを聞くのは少し気が引けた。
だから、もうひとつある疑問を聞いてみた。

「…マツバって、今まで誰かと付き合ってたこと、あったっけ?」

「ないね」

こちらの質問にもサラリと答えたが、一瞬コーヒーを飲もうと動かした腕が止まったことを私は見逃さなかった。

「…な、なんで?」
「別に、そういうつもりにならないから」
「……好きな人でもいるの?」

これには完全にマツバの動きが停止した。
マツバはこちらをじっと見て、何かを推し量ろうとしていた。
しかし、すぐに視線をそらした。

「それは、ナマエの方だろう」
「えっ?」
「恋する乙女なんだろ?」

ニヤリ、とマツバは不敵な笑みを浮かべた。
それすら絵になるから腹がたつ。
何故それを、と思い口を開きかけたが、それより先にマツバが言った。

「ユウコさんが言ってた」
「…………」

ユウコさん…なんで喋ったんですか…、と心の中で呟くと同時に、マツバはコーヒーを飲み終え、席を立った。
のそりと玄関に向かって行く途中、マツバの答えを聞いていないことを思い出した。

「ねぇ」

「何」

「マツバには……いるの?」


好きな人が、とは言わなかったけれど、多分マツバには伝わったと思う。

その質問に対して、やはりサラリと返事を返された。



「さぁ?」


その顔、やっぱり腹がたつ。


20101121