「…遅い」
「ご、ごめん。
忘れ物しちゃって」
「何を忘れたんだ?」
「え、えっと……傘」
「傘ァ?
んなもん、どうでもいいだろ」
「だから、ごめん……」
怒られた女の人はしゅんと頭を下げた。
僕は知っている、この女の人は本当は忘れ物なんてしていないんだ。
傘だって、綺麗に折り畳んでカバンの中に入っていた。
この女の人が男の人との待ち合わせに遅刻したのは、他に理由がある。
この女の人は、ある決意をしていた。
「…別にそこまで怒ってねぇよ」
男の人もばつが悪そうにそう言った。
男の人は少し戸惑っていた。
それは、女の人がいつものように言い返してこないからだ。
いつもなら「いいじゃない!私のお気に入りの傘なの!」くらい言ってもおかしくないのだ。
それに、男の人が戸惑うのには他にもう1つ理由がある。
男の人もまた、ある決意をしていた。
「……とりあえず、歩くか」
「うん…」
二人並んで、ゆっくりと歩き出す。
男の人は女の人の歩調に合わせ、女の人は男の人の手を握る。
男の人は、繋がれた手をゆっくりと握り返した。
女の人は、繋がれていない手でゆっくりと自分のお腹に触れた。
そして男の人をちらりと見て、その読み取れない表情に少し不安になった。
男の人は、繋がれていない手をポケットに突っ込んで、その中にある小さな箱をぎゅっと握った。
そして女の人の顔を見て、彼女の表情が少し暗いことに気付き、不安になった。
お互い沈黙が続く。
暫くして、男の人が口を開いた。
「……なぁ」
「何?」
「…話が、あるんだけど」
ピタリと女の人の動きが止まる。
男の人もそれに合わせて立ち止まった。
男の人は、ずっと前からジャケットのポケットの中にある小さな箱を、正しくはその中身を握ったまま。
女の人は、1週間前に知った自分の中にある新しい命の上に手を添えたまま。
二人は不安に揺れている。
喜んでくれるのか、受け入れてくれるのか。
僕らは近い未来に出会うだろう
少なくとも僕はそう確信しているし、僕らの出逢いは幸せなものだと信じている。
僕は、2人と出逢うのをとても楽しみにしているんだ。
だから、今は頑張って。
今の僕には何も出来ないけれど。
僕らがいつか出会う時、その時僕も頑張るから。
だから今は頑張って。
お父さん、お母さん。
いつか僕らが出逢う頃
20101001
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