決意という名の

ハヤトはキキョウシティのジムリーダーであり、私はそのジムリーダーとは幼なじみという関係である。
ハヤトはまぁ、見た目がいい。所謂イケメンというやつだ。
中身は重度(強調)の鳥ポケモン馬鹿なのだが、そんなもの彼の知り合いでなければ知る由もない。
故に、彼の周りには女の子が集まる集まる。
幼馴染みの私にハヤトの情報を聞き出そうとする者もいれば、お前はハヤトの彼女なのかと疑う者もいる。

全くもって面倒くさい。

特に後者は、ほとんどの場合が女の子集団で押し掛けてくるから面倒くさい。
ほとんど喧嘩腰で追及してくるし、もっとヒドイ場合はポケモンまで持ち出してくる始末。

最終的にポケモンバトルになることも少なくない。
こんなことでポケモンを使うのは申し訳ないのだが、お陰で私のポケモンはレベルアップし、バトルも強くなった。

そこは結果オーライ、ということで今では感謝さえしている。
そこから私がポケモンバトルが強い、という噂は広がり、誰も私に喧嘩を売ってくるような女の子はいなくなった。


「ナマエはポケモントレーナーになるのか?」

私の噂を聞いたのか、ハヤトはそう聞いてきた。
彼の肩には、ポッポがちょこんと乗っている。


「多分、ならない」

「……何で?」

ポケモンバトル強いんだろ?
ハヤトは、そう付け加えた。


実は、ちょっと前まではポケモントレーナーになろうと考えていた。
ジョウト地方を旅して回って、バッチを集めて、まだ自分が訪れたことのない地を冒険する。
なんて楽しそうなことなんだろう。
その考えは変わったわけではない。むしろ、時期がきたらトレーナーになろうと思っている。

ただ、その"時期"というものが自分に訪れそうにないので、ポケモントレーナーにはなれそうにない。

「最初のジム戦で、ハヤトをボコボコにしなきゃいけないと思うと心が傷んで……」

「何だって……?」

ヒクリ、とハヤトの眉が上がった。
肩に乗ったポッポは、主人の機嫌が悪くなったことを感じたのか、逃げるように飛んで行ってしまった。


「…と、いうのは2割冗談で」

「8割は本気か」

「時期じゃないのよ」


ふぅ、と息をついて目の前のハヤトを見た。
時期?と首を傾げたハヤトに笑いそうになった。
全くもって面倒くさい。

自分も、この目の前の男も。



「自分の中で決めていることがあるの。それが出来たら、旅に出ようと思う」

「そうか」

「…聞かないの?」

「聞いて欲しいの?」


クスクスと目の前の男は笑う。
さっきまでキレる一歩手前だった奴と同一の人物とは思えない。

今なら、言えるかもしれない。


「うん」

「じゃあ、言って」

「私、実はハヤトのこと好きなんだよね」


だから私にハヤトの情報を聞き出しに来た女の子には何も言わなかったし、それが原因で女の子達から呼び出しをくらった。
それでも私は、彼女達に対して喧嘩腰だった。

こんな奴らに負けてたまるか。

それは、私なりの意地だったのかもしれない。
今更、幼なじみという立場の人間にアピールも、積極的になることもできなかったから。
ハヤトに気持ちを素直に伝えられる彼女達が、羨ましかったのかもしれない。

まぁ、私も今、気持ちを伝えてしまったんだけど。


「よし、ポケモントレーナーになるか」

「……え?」


いまだに固まったままだったハヤトが漏らした言葉は、マヌケなものだった。


「時期が来た。
私、ポケモントレーナーになる」

「さっきと言ってることと全然違うじゃないか」

「いいじゃない。
決めたことが達成出来たんだから」


ハヤトは目を見開いた。
そして暫く考えて、口を開いた。


「…………聞かないのか?」

「何を?」

「返事」

「あー…」


聞きたくないわけではない。
でも、聞くのには少し勇気がいる。
少し準備期間が欲しい。


「聞いて欲しい?」

「えっ」


ハヤトは今日一番のマヌケ面だった。
まさかそう言い返されるとは思わなかったのだろう。
しかも、先程ハヤトが言った言葉をそのままそっくり丸投げだ。

ハヤトがあまりにも慌てるからナマエは思わず吹き出した。
笑われたことに恥ずかしくなったのか、ハヤトはだんだん落ち着いてきた。
そして冷静になったのか、ヘタレな彼にしては珍しいことを言った。


「聞けよ」


それには思わずナマエの動きが止まった。
ハヤトはじっとこちらを見ている。


「いや」
「なっ、……何で?」
「決めたから」
「は?」
「私、明日から旅に出る。
ジムに挑戦してバッチを集める。ただし、キキョウジムには最後に挑戦する」
「…え?」
「最後のジム戦の相手はハヤトがいいの。だから、その時に返事は聞く」
「ちょ…、ナマエ?」
「いいよね?」
「……俺は、できれば今言いたいんだけど」
「やだ、聞かない」
「………」
「じゃ、私明日の準備しなきゃいけないから」


ハヤトはまだ何か言いたげだったが、彼をそのままそこに置いてナマエは走り出す。
途中で思い出したようにナマエは立ち止まり、呆気にとられているハヤトに振り返った。


「覚悟しろよハヤトー!」



決意という名の、彼女のワガママ


「ナマエこそ…覚悟してろよ」

彼がいろんな感情を込めて呟いたことを、彼女は知らない。

20101002

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