人気者も辛いけど

渚のいかずち、シンオウ地方最強のジムリーダー、金髪イケメン、クール、エトセトラ。

ここに説明する通り、アイツの肩書き、見た目、性格は全て世の女の子を湧かせるには十分すぎた。

そんな男を放っておくわけがなく、今も集まった女の子達にもみくちゃにされている。
隣でアイツの幼なじみ兼親友であり四天王でもあるオーバも女の子に質問攻めされているが、アイツ程ではない。
何故俺はデンジよりモテないのか、と前に真剣に考えていた彼だが、それは多分アフロのせいだと私は思う。
どちらにしろ女の子が寄って集ってくるのだからいいじゃないか。


ハァアア、とため息をついて彼らとは別の方向に視線をやる。

そこには私の幼なじみ兼ジョウトジムリーダーのミカンの姿。
こちらも質問攻めされてはいるが、周りは男の人だらけだ。
皆鼻の下が延びている。
幼なじみの私でも知っている、彼女は可愛くて優しくて思いやりがあって、しかもポケモンバトルも強い。

私は13歳までの間ジョウトのアサギシティで暮らしていたが、そこでもミカンは評判の女の子だった。
ジムの休みの日にわざわざ遊びに来てくれた彼女の評判は、ここシンオウ地方まで届いていた。

友人が有名人で人気者であるのは嬉しい、嬉しいのだけど。



「…寂しいね」


呟くとピュウと風が吹いた。

隣に座るエイパムは先ほど買ったお菓子を食べるのに夢中でナマエに何の反応も示してくれなかった。
それが余計に悲しかった。


ミカンはチラチラこちらを気にしている(助けを求めている?)が、あの大勢の男集団の中に入って行く勇気と根性は無い。
それに引き換えデンジとオーバは、こちらを気にする素振りさえ見せない。
デンジは未だに女の子にもみくちゃにされているし、オーバに至ってはニコニコとサインを書いている始末。
あのアフロもぎ取ってやろうかと殺意が湧いた。
が、それよりも問題なのがデンジだ。
アイツの性格上、女の子にニヤニヤするような奴ではないとは分かっている(むしろ逆だ)。
分かっているのだけど、面白くない。


「馬鹿デンジ」

じっとデンジを睨んでいると目が合った。
驚いて思わず視線を反らしてしまったが、ちょうど視線の先でカップルの彼女の方が彼氏の頬をビンタした。

見てはならないものを見てしまった気がする。

青ざめた私を励ますように、エイパムが食べ掛けのドーナツをスッと差し出してきた。


エイパムの食べ掛けのドーナツをもそもそと食べながら、ナマエはいまだ収まらない友人3名のファンを他人事のように見ていた。
先ほどからずっとベンチに座っているせいでお尻が痛い。
立ち上がりお尻をさするとエイパムがシッポで同じようにお尻をさすってくれた。
なんだかセクハラをされたような気分になったが、憎めない顔でニコニコ笑う(笑っているのか微妙)エイパムにはそんな気はないのだと自分に言い聞かせた。

「暇だねーエイパムー」

「エイパーム」


そうだねー、と言うように返事をしてくれたので少し嬉しかった。
エイパム(♂)とはジョウトにいたころからの付き合いである。
木を頭突きして落ちてきたエイパムをなんとか捕まえたことは今でも覚えている。
エイパムは私が初めて捕まえたポケモンなので、特別思い入れがある。

そんな昔を思い出して懐かしんでいると、目の前に誰かが立った。
ふと顔を上げると、そこには先ほど女の子に引っ張られていたデンジが不機嫌そうに立っていた。
服が少しぐちゃぐちゃになり、表情もどこか窶れて見える。


デンジは何も言わずにナマエの隣にドカリと座った。
そこに座っていたエイパムは、デンジをキレイに回避するとナマエの膝の上に乗った。


「疲れた」

「…お疲れ」


デンジは覇気の無い顔でため息をついた。
(あ、覇気がないのはいつものことか)


「よくあの集団から抜け出せたね」

「オーバに押し付けてきた」

「うわぁ……」


どんまいオーバ。
でもこれでデンジよりモテモテだよ、良かったね。
哀れみの視線をオーバに向けたが、オーバは嬉しそうにニコニコしていた。
満更でもない様子に思わず「ケッ」と口に出してしまった。


「羨ましい?」

「羨ましくはないよ。だけど面白くない」

「ふぅん」


興味なさそうに呟くと、デンジは何を思ったのか手を伸ばしエイパムのシッポを掴もうとした。
だがシッポはデンジを弄ぶかのようにふよふよと逃げていく。
どうにかシッポを掴もうとムキになり始めたデンジを見てナマエは笑った。


「…何だよ?」

「デンジ子供みたい」


くく、と口元を抑え笑うナマエにデンジは顔をしかめた。
子供と言われたのが余程嫌だったのか、エイパムのシッポを追いかけていた手を引っ込めた。

「子供に子供って言われたくねぇよ」

「どういう意味だコラ」

「そのまんまの意味」


意地悪そうに言う彼の顔は悪戯に成功した子供のようだった。
どっちが子供だよ、と言い返したら夕飯は何がいい?と聞いてきた。
悔しいけれど、こういうところは彼は大人なんだなと思う。


「カレーがいい」

「お前カレー好きだな」

「デンジも好きだよ」


ピタリと動きが止まったデンジを視界の端に捉えながら、ナマエはベンチから立ち上がった。
エイパムはナマエの体を上り、右肩に落ち着いた。


「ミカーン、そろそろ帰ろー!」


はーい!と群がる男たちを押し退けこちらに走って来たミカンは、ナマエを見て首を傾げた。


「ナマエ、顔赤「さー、今晩はカレーだから早く帰ろう」


帰ろうとする私達を見てオーバが「置いていくなよ!」と叫んでいたがどうでもいいのでスルーした。



人気者も辛いけど、その友人も辛い



20100928

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