隠されたもの

あれから一週間、全くマツバに会っていない。というか、私がずっと避けている。

そのせいか、奴が家を訪ねて来た。



「ナマエ、久しぶりだな」
「……この前のポケモンフェスティバルで会わなかったっけ?」
「そうだったか?」

はて、と首を傾げるのは自称スイクンハンターのミナキだ。
そういえばポケフェスでたこ焼きを夢中で食していたのを思い出した。
たこ焼きに夢中過ぎてステージに立っていた私のことが目に入らなかったのかと悲しくなった。私はたこ焼き以下か。


「マツバを避けているらしいな」

思わず固まってしまった。
なんとなく予想はついていたけど、いきなり過ぎませんかミナキさん。

「マツバに何か言われた?」
「いや、マツバが昨日そんなことを言っていたな、と。
なんだ、本当に避けているのか?」

その言葉にナマエは少し安堵した。
てっきり、ミナキがマツバから私がどうして避けているのかだとか、この前の件をからかうために寄越したのかと思っていたが、そうではないらしい。

「避けてる…ね」
「喧嘩でもしたのか?」
「いやぁ………」


まさか、マツバに言われた言葉に赤面したのを見られて、恥ずかしくて逃走し、更に恥ずかしくなって面と向かって会えないでいるとは言えない。

一週間前のマツバのあの「ナマエがジョウトを出て行くのかと思った」という発言は、よく考えると「私がジョウトからいなくなるのが嫌」と言っているようなものだ。
そうだ、あの時「そんなに私がいないと寂しいかフハハハ!」と言ってやれば良かったんだ。
それなのに、それができなかった。
あの時は、なぜか急に恥ずかしくなってしまった。今思い出すだけでも恥ずかしい。
本当に、私はどうしてしまったんだろうか。


「…そういえば、妊娠しているんだって?」
「は」

忘れていたが、ダイゴファンの女の子が確かそんなことを言っていた。
そういえば、その話を聞いた瞬間マツバの様子がおかしくなったような気がする。

そこで、ハッとした。

マツバの発言が、なんとなく辻褄が合わないと思っていた。
どうもマツバは私が妊娠していると勘違いしたままらしい。
私が妊娠→相手はダイゴさん→ダイゴさんに嫁ぐためジョウトを出て行く、という式ができあがったようだ。


「違うのか?」
「うん、違う違う」
「やっぱりな」
「?」

ミナキはうむ、と腕を組んでポケギアを取り出した。
そして誰かに電話をかけ始めた。

誰だろう、と最初は思ったが、後で嫌な予感がし始めた。
そしてそれは見事的中した。

「もしもし、マツバか?」
「!」

「……ん?」

ちょっと待て、とミナキに言おうとした時、ミナキはナマエの後方を見て動きを止めた。

そして、ゆっくりとポケギアを耳から離し、誰かに手をふった。
更に嫌な予感がし、ミナキの視線の先を見ると……ああ、なんてことだ。


「ミナキと……ナマエ?」


今最も会いたくない人物、マツバに出くわした。
どうする?
たたかう、ぽけもん、どうぐ、にげる。
ここは全力で逃げ…「おい、ナマエ」
「ヒィッ」

逃走を図ろうとしたが、マツバによって妨げられてしまった。
一週間ぶりに見たマツバは、それはそれは不機嫌な顔をしていた。
ああ、なんだか懐かしい、と考えていると懐かしい痛みが頭を襲う。

「……マツバさん、痛いです」
「痛くしているから当然だろ」

そうニッコリ笑って言うマツバにすら懐かしさを感じた。


「会えてよかったよ。
ナマエのくせに、一週間僕を避けるなんていい度胸だね」

「だって!」
「…だって?」
「ヒィッ」

ギンと目をかっ開いたマツバは、それはそれは怖かった。
だが、ここで負けてはいられない、と珍しく勇気がわき、思いきってマツバに言い返した。


「マ、マツバが…私がジョウトからいなくなるって……聞くから………ちょっと恥ずかしかったんです!」
「は?なんで恥ずかしいの?」
「だって…私がいなくなると寂しい、って言ってるように聞こえたから……」
「寂しいよ」
「えっ」

思わず、マツバをじっと見てしまった。
全く予想外の発言だ、まさか素直に寂しい、と認めるとは思わなかった。
これにはミナキも驚いたらしく、私と同じようにマツバを凝視している。


「パシリがいないと暇潰しができない」


この男は、見事期待を裏切ってくれた。

うん、やけに素直だな、とは思いましたよ?
でもそれは、素直すぎるし、素直に言われても嬉しくない。

ナマエは沸き上がる怒りと羞恥にふるえた。
何一人で恥ずかしがっていたんだか。
マツバを意識しすぎて避け続けた一週間は、一体何だったんだ。


ナマエは拳を握り、頭を掴んでいるマツバの手を払いのけ、叫んだ。


「マツバのバーカ!」


そう言い残して、手持ちのウインディをモンスターボールから出して走って逃げた。

逃げる途中、後でマツバに仕返しをされる、と後悔し始めるのには時間はかからなかった。






「思った通りだ、妊娠なんてしていない」
「へぇ」
「…意地を張るなぁ」
「別に」
「いい加減素直になれよ」
「………」
「まぁ、俺には関係ないけどな」


20101107