出勤してすぐ、丁度制服を着替えてホームに下りてきたところだった。
偶然そこに居合わせたノボリクダリ兄弟と話していたら、丁度ボスがやって来てそう言い渡された。
「え、何でですか!?」
「今日の15両目担当が昨日事故をしたらしくてな、暫く入院だと。で、調度ナマエが視界に入ったから、配属しただけ」
「適当ですね」
ボスは、はははと笑ってそのままふらふらと事務所の方へ歩いて行った。
ボスは朝に弱いので、若干寝惚けているのでは無いかと不安になる。
それに、出来ればマルチバトルはしたくない。
「私、ダブルバトルって苦手なんだよな〜」
「なんで?ダブルバトル、すっごく楽しいのに!」
生き生きとした表情でダブルバトルについて語り始めたクダリの口を塞ぎ、首をふる。
「クダリはダブルが得意だから言えるのよ。私はどちらかというと、自分だけで好き勝手に戦える方が好きなの」
「知ってる。だからシングルに配属されてるんでしょ?」
「そうですね。貴女の戦い方は典型的な個人戦タイプです」
「何よ、ノボリだってそうでしょう?」
ノボリだってシングルに配属されているじゃない、と言えばクダリがにっこりと笑った。
何でクダリが笑うんだ?いや、クダリはいつも笑っているんだけども。
「ノボリはダブルバトルも得意だよ。シングルが一番だけど、マルチバトルも強いよ!」
「…シングルは兎も角として、ノボリのダブルとマルチでの実力はあんまり知らないな〜」
うーん、とノボリをじっと見たら、若干視線を反らされた。
それが少し気に食わなくて、視線を反らされた方に体を動かしたら、余計に反らされた。
何だこれ、私嫌われてる?
「じゃあ丁度いいね、今日でノボリのマルチバトルの実力が分かる」
そんな私達を余所に、クダリはのんびりとそう言った。
そして、ふとした疑問に体が止まる。
「え?ノボリも今日マルチトレインの配属なの?」
「ええ」
「欠員の補充?」
「いえ、そういう訳では無いのですが…」
するとノボリは言い淀んだ。
言おうか言わまいか、考えているように見えた。
それを見てクダリが言った。
「いいんじゃない?ボスも特に何も言わなかったし」
「…そうですね」
ノボリも頷いて、改めて私の方を見た。
当然のように私もノボリを見れば、ノボリはまた視線を反らした。なんだ、そんなに私のことが嫌いなのか?
「なんで目そらすの」
「いえっ、そういうわけでは!」
先程までの無表情から一転、少し赤くなったノボリは、かなり動揺していた。
隣のクダリも、いつもの張り付けたような笑顔で「うわー」と呟いた。お兄さん、弟に引かれてるよ。
「めちゃくちゃ動揺してるじゃない」
「いえ違います。これには理由が…」
「なんでもいいけど…、さっきの話の続きは?」
なんでもいいんですか…とノボリがポツリと呟いた。
何で少し泣きそうなんだろう、ちゃんと話を聞いた方がよかっただろうか。
それに、隣で震えてるクダリが気になる。
「……実は、わたくし達の配属が来月移動になるのです」
「えっ、そうなの!?」
何で教えてくれなかったの?と言えば、いずれ分かることだからと言われた。
どういうことだろう、と首を傾げたら、二人は答えてくれた。
「昇格したんだ。ボクはスーパーダブル、ノボリはスーパーシングル。今度の定例会で発表されるし、いずれ分かるからいいかなーと思ってたんだけど」
「昇格にあたって、自分の配属外のバトルにも慣れておく必要があるので、少し前からわたくし達は3つのバトルトレインに乗車しております」
確かに、スーパートレインのレベルになれば、挑戦者も少なくはなるが、それに応戦するトレーナーの数はより少なくなる。
その不足分は、外部から補ってはいるのだが、それでもやはり人数は足りない。
それを補充するため、スーパートレイン担当のトレーナーが、自分の配属外の場所に配置されることは珍しくない。
「そうだったんだ…だからノボリをときどき見なかったわけだ」
「そういうことです。ですので、欠員の補充という訳ではないのです」
ほー、と感心して改めて二人を見る。
入社して1年経つが、この速さでスーパートレインに配属されるのは珍しい。
それほどまでに二人の実力が高いということなのだろう。
まあ、二人のうち片方には毎日のように勝負を仕掛けて負けまくっているから、強さは身にしみて分かっている。
「凄いな、二人共」
当然、悔しい、という感情が先立ったのだが、その後に来た虚無感は何だろう。
何だか、二人に置いていかれるような、そんな感覚がした。
…まあ、比べるまでもなく、二人が私よりも先にいるのは明白なのだけれど。
「あ、そろそろ時間だよ」
「そうですね。ではナマエ様、行きましょうか」
「あ、うん」
少し後ろめたさを感じながら、ノボリと共にマルチトレインに向かった。
20111211