「覚悟はおありですか」

「どうですか?」

「駄目です、連絡が取れません」

「困りましたね」

実際は困ったどころの騒ぎでは無い。
先程聞こえた轟音は、上で確実に何かがあったという証拠だ。
駆けつけようにも、車両が動き始めてしまったため、降りることもできない。
サブウェイの車両は全てオートで動いており、しかもその指令の全てがギアステーションにある。
オート解除のシステムをこの車両に積んであるが、下手にそれを使い車両を止めれば、動き続けている他の車両と衝突しかねない。
車両を破壊するにしても、飛び散った破片で他に動いている車両にもぶつかりかねない。
どうするか、と考えた末に、先程シャンデラに窓から出てもらい、指令室に飛んでもらった。

「シャンデラがうまくオートを解除できればいいのですが」

「その心配は無いよ、だってノボリのシャンデラだもん。
それより問題なのは、僕達がライモンからどんどん遠ざかってること」

「…窓からなら、飛び降りられるのですが」

「だめ、絶対に怪我しちゃう」


こんな時に、地下鉄であることが呪わしく思われた。
地下鉄は地下故に狭い通路を走っているので、窓から壁までの距離があまりない。
飛び降りれば、怪我だけではすまないだろう。



「ボス!やっと連絡がつきました!」

「状況は!?」

「プラズマ団?とかいう団体がギアステーションを占拠しているそうです。客を人質に取っているようで、こちらからは何もできない状況だと」

「なんと卑劣な…目的は何です?」

「ポケモンの解放…とかなんとか言ってますが、こちらから見ればただのポケモン泥棒だそうです」

「ノボリ!車両のスピードが落ちた!!」


クダリの声に振り向けば、車両から見える景色の流れの速さが、だんだんと遅くなっていることが確認できた。


「オート解除が上手くいったみたい」

「シャンデラを誉めてやらなければなりませんね」


暫く進んでから車両は完全に停車した。
それから備え付けてあるモニターで他の車両の停車を確認し、急いで車両から降りる。


「ノボリ、どうする?」

クダリはすぐにアーケオスを出し背中に飛び乗ったところだった。
そこではたと、自分に移動手段が無いことに気付いた。
シャンデラはこの場にいないうえに、腰につけたボールにはダストダスとイワパレス、ギギギアル、オノノクスしかいない。

クダリのアーケオスに乗せてもらいたいところだが、大の大人の男が二人も乗れるのかは不安なところだ。
乗ることができても、アーケオスが飛べるのか分からない。
しかし、そんなことを言っている場合では無いことにも変わりない。


「クダリ、一緒に乗せ、」


言いかけたところで、ゴウと唸るような風が吹いた。
風の吹く方に顔を向ければ、この地方では珍しいカイリューが勢い良く飛んできて、こちらに気付くと急停止した。
野生のカイリューでは無さそうだが、それはそれで誰のポケモンなのだろう。
主人らしき人間の姿は見つからなかった。


しかし、そのカイリューはわたくしを見て目を輝かせると、おもむろにわたくしをその腕に抱えた。
腹部が圧迫されて若干苦しいこの体勢に何事かと顔を上げれば、カイリューはわたくしを抱えたまま浮上した。

まさか、と脳裏を過った時には遅く、そのまま勢いよくやって来た方向に帰っていく。
カイリューの飛行速度が尋常でなく、これに耐えられるはずもなく気を失ってしまった。





「ボス!大丈夫ですか?」

「う……」



気がつけば、すでにそこはマルチトレインのホームだった。

ホームの入り口はシャッターで封鎖させていたのか、突き破られボロボロになっていた。
その突き破られた箇所で駅員達と妙な格好をした集団が交戦している真っ最中だった。

猛スピードで飛んできた勢いで若干頭がふらふらするが、なんとか体を起こす。
そこで、わたくしのすぐ隣にカイリューが立っていることに気付いた。



「…奴らですか、プラズマ団というのは?」

「はい…。申し訳ありません、奴らのスパイが駅員に潜り込んでいたようで、まんまとはめられました。奴らの目的は、ここに集まるトレーナーのポケモンの奪取のようで、現在も人質を取ったままギアステーションに籠っています」

「…そうですか」


こんなに大規模にギアステーションをジャックされた具合を見るに、随分前からこの作戦は進められていたのだろう。
スパイもしかり、わたくしとクダリをこの場所から遠ざけたこともしかり、かなり用意周到だ。
認めたくはないがなかなか賢いい計画だ、こちらとしても完敗だ。

しかし、それはここまでの話だ。


「ノボリ!早い…」


やっとアーケオスと共にホームに帰ってきたクダリを見ると、クダリの動きが止まった。
いつもの笑みが消え、わたくしを見た後に、交戦中の駅員達に視線が動く。



「なにこれ…」

「説明は後です、行きますよ」


こんな騒動は、わたくし達がサブウェイマスターに就任してから初めてのことだ。

よくもまぁ、わたくし達の領域を荒らし回ってくれたものです。
覚悟は、できているのでしょうか。


「…ノボリ、目が怖いよ」

「貴方こそ、笑っていませんよ」

帽子を被り直そうと手を伸ばすが、鍔はそこに無く空を切った。
どうやらここに来るまでに帽子を落としてしまったようだ。
この騒ぎが片付いたら、探しに行かなくては。


腰につけたボールを全て外し、中にいるポケモンを解放する。
同じようにボールからポケモンを出し、わたくし達の指示を待つ待機している駅員達も、同じ気持ちであることは明らかだ。

一瞬、マルチトレインのホームが静かになる。


「僕達が先に行く、皆は後に着いてきて」

「容赦は必要ありません。全力でお客様をお守りし、全力で潰しなさい」



さて、思い知らせてさしあげましょう。




20120102