「何が起こった」

それは、突然のことだった。





「ハンバーグ弁当ひとつ」

「はい」


お金を受け取り、お弁当を渡すが未だにこちらを見続ける女の子に、どういう反応をすればいいのか分からず、とりあえず笑っておく。
フンと鼻を鳴らし、シングルトレイン乗り場へ向かう彼女を見届けてため息をついた。


確実に嫌われている。
ガクッと肩を落とせば、モリさんが励ましてくれた。
何故私の気分が落ちているのか、その原因を知らないはずだが、励ましてもらえると嬉しいものだ。


あの子が、ノボリさんをストーカーしている女の子だと知ったのは昨日だ。
ノボリさんがストーカーされていることを知ったのは何日か前だが、昨日までどの女の子かというのは知らなかった。
昨日、弁当を買いに来たノボリさんがげっそりしていたので、何事かと思ったら、腕に女の子が絡みついていた。
長い黒髪に、黒いワンピース、ブラウンのカーディガンを着た女の子だ。
勝ち誇ったかのようにフンと鼻で笑われ、若干苛ついた。
その日の夕飯の時に、ノボリさんがその子が例のストーカーだと教えてくれた。
確かに、何日か前にベランダに立っていた女の子と雰囲気が同じだ。

そしてその女の子、なんでも自称ノボリさんの彼女だと触れ回っているらしく、その日は嫌というほどクダリさんや部下に問いただされたらしい。
ノボリさんも大変だ。


「あの子、毎日ノボリさんにひっついてるわよねぇ。ナマエちゃんも、うかうかしてたら持ってかれちゃうわよ」

「なんの話です?」

「何って、ノボリさんの話よ。ナマエちゃん、ノボリさんのこと好きなんでしょ?」

「は、」


予想外過ぎるモリさんの発言に、思わず思考が停止した。
しかしすぐに頭を回転させ、聞き返した。


「何でそうなるんです?」

「だって、仲がいいじゃない」

「いや、まぁ…確かにそうですけど」


それだけを理由に聞いてきたのか、と少し驚いた。
何か言おう、と口を開きかけた時、上の方から爆発音が聞こえた。


何事だ、とギアステーション内が騒然としはじめる。

音のした方は、ギアステーションへの入り口付近だった。
その入り口からもくもくと煙が上がっている。


「あらやだ、火事!?」

「えっ」


しかし、立ち込めるものは煙にしては匂いも色も違う。


疑問を抱いたその時、煙の中から大量のモンメンが飛び出してきた。
モンメンだけでなく、中にエルフーンやドレディアも混じっている。
何事だ!?と騒ぐ中に、モンメン達は何か粉のようなものを撒き散らせ始めた。

それが眠り粉だと気付いた時には既に遅く、意識がじわりと遠くなっていった。



















「申し訳ありません。これからマルチトレインの方に向かわねばならないので、離してはいただけないでしょうか」


いい加減周り(部下)からの視線が痛いので、早く離れて欲しい。
それに珍しく挑戦者が自分のもとに辿り着いたので、早くバトルがしたい。
そんな気持ちを込めて彼女にそう言えば、彼女はクスリと笑った。
随分前から気味が悪いと感じていた笑みだ。背筋が、ゾッとする。


「ねぇ、ノボリさん。実はわたし、ここに来るのは今日で最後なの」

「…そうですか。それは残念です」

「ふふ、嘘ばっかり。本当は安心してるんでしょ?」


彼女はクスクスと笑いながら、わたくしの腕に巻き付けていた腕を剥がした。
よく分かっているではないか、と言いたい気持ちをなんとか押さえ込む。

少し遠目に見えていたクダリが、こちらをじっと見ているのがなんだか居心地が悪い。


「ねぇ、ノボリさん。これで最後だから、言わせて。わたし、貴方のことが好きよ」

「…ありがとうございます。しかし、申し訳ありません」

「…だと思いました」


ふう、と彼女にしては珍しくため息をつき、立ち止まった。
ここから先は、着いてくる気は無いらしい。
構わず歩き続け、彼女との距離を開いていく。

マルチトレイン乗り場に、珍しくノボリより先に来ていたクダリは、怪訝な表情で彼女を見ている。
わたくしと目が合うと、「大丈夫?」と声をかけてくれたが、特に何もなかったかのように答えた。


そのままクダリとマルチトレインに乗り込んだ。
ゆっくりと動き始めた車両の中から、彼女の姿が確認できた。
その彼女の表情は、いままで見たことが無いくらい悲しそうだった。
それに衝撃を受け呆然と彼女を見ていると、彼女はゆっくりと顔を上げ、ニタリと笑った。


それにゾッとした瞬間、車両の中からでも分かる程の轟音が響いた。



20110917