「もう違いますよ」
はい、と注文された唐揚げ弁当を渡せば、クダリさんはいつもニコニコしている表情をさらにニコニコさせ、お弁当を受けとった。
弁当屋もりもり亭で働き始めて、はや1週間。
もりもり亭はバトルサブウェイの近くにお店を構えており、人が集まるここに出張販売にも来ているらしい。
というか、もりもり亭の売上のほとんどが、バトルサブウェイでの売上らしい。
確かに、バトルサブウェイにはかなりの人数のトレーナーが集まるので、その事実にも頷ける。
ゆえに、もりもり亭の店長モリさんは、ここでの販売に全力を注いでいる。
「それにしても…クダリさん、毎日弁当買っていってませんか?」
「だってお弁当なんて、ボク作れないもん」
当然!というようにクダリさんは言った。
まぁ、確かにクダリさんはお弁当どころか料理もできそうにない。
「ねぇ、その目なに?ちょっとムカつくんだけど」
「…いえ、なんでも無いです」
笑ったまま怪訝な顔をするから、少しクダリさんが怖く見えた。
すると、クダリさんの隣に、そっくりだが無表情な顔が現れた。
「こんにちは、ノボリさん」
「こんにちは。…ちゃんと仕事をされているようで安心しました」
「やだなぁ、そんなに心配しなくても」
「わたくしがこの仕事を紹介しなければ、まだニートだったかもしれないので。心配しますよ」
ノボリさんがどこか遠い目をしている。
なんだろう、ノボリさんは私のことをなんだと思っているんだ?
そんなに怠けた奴に見えたのだろうか、不安になる。
「まあまあ、そう言わないであげなよクダリさん」
「ノボリです」
「あら、失礼ノボリさん。
でも、ナマエちゃんが来てくれて楽になったから、本当に助かっているのよ」
モリさんの笑顔と言葉にじーんと感動していると、ノボリさんが空気を読まず、モリ亭スペシャル弁当を注文した。
お弁当を取りだし、箸を添え、袋に入れて差し出せば、ノボリさんは無表情で受け取った。
「あれ、ノボリがお弁当忘れるの珍しい」
クダリさんがまじまじと、ノボリさんの手にあるお弁当を見た。
確かに、今までここでお弁当を販売していて、ノボリさんが買いにやって来たのは初めてのことだ。
「忘れたのではありません。今朝は作る時間が無かったもので、最初から作っていません」
「それならノボリさん、言ってくれれば良かったのに。昨日の、」
夕飯の残りがあるからまた持って行きますよ、と言おうとしたらノボリさんに口を塞がれた。
え?と首を傾げたのは私だけではなく、クダリさんもモリさんも不思議そうにこちらを見ていた。
そのまま固まっていたら、ノボリさんに腕を捕まれ、クダリさんとモリさんから離れると、相変わらずの無表情でノボリさんが言った。
「どうか、わたくしの食事を作っていただいていることは内密に」
「え?」
「そんなことを教えてしまえば、クダリも夕飯を作ってくれと言い出すでしょう。それはクダリの為になりません」
至極真面目な顔でそう言うので、なんとなく納得した。
最近少しわかったのだが、ノボリさんはあらゆる手をつかってクダリさんを甘えから遠ざけようとしている。
まるで、親に甘えきっている子供をビシビシ指導するように。
確かに、クダリさんもやたら困ったことがあればノボリさんの名前を出すし、かなり頼りきっている。
それは、ノボリさんとしてもいけないことだと思っているのだろう。
なんてことだ、ノボリさんがまるでお母さんだ。
「ノボリさんも大変なんですね」
「…なんでしょう、物凄く同情されているような気がするんですが」
ノボリさんの表情が少し引き攣ったが、同情される程の苦労をしていることは確かである。
今度、お菓子でも作って差し入れで持って行こうと思う。
20110511