「あっちがお風呂とトイレ。洗面所も同じところにある。
あっちがキッチン、冷蔵庫に何かあるからお腹すいたら適当に食べて。二階の奥の右の部屋が空いてるからそこ使って。ベッドもあるから」
じゃあ、僕は寝るから。
そう言ってダイゴはさっさと二階へ上がっていってしまった。
どうやら明日、朝早くから仕事があるらしく、もう寝るとのことだ。
昨日もあまり寝ていないらしい。
なんだか申し訳ない気持ちになった。
これで明日も泊めてください……なんて言えない。
ホテルの手配も全くしていない、とも言えない。
どうにかしなければ、と気休めに持ってきたホウエンの旅行ガイドを取り出した。
シンオウにいたころ、ホウエンを懐かしむあまり購入してしまったものだ。
かなり古いものだが、情報はそうそう変わらないだろう。
そう思って宿泊ホテル一覧のページを開き、チェックする。
どのホテルにしよう、と考えていると頭上から声が降ってきた。
「何をしているんだい?」
「………」
ゴクリ、と息をのんだ。
なんでまだ寝てないんだ、という非難もこめて振り返る。
ダイゴは不機嫌そうにこちらを見て立っていた。
「なに、ホテル探してるの?」
「は、はい……」
「なんで?」
「…………」
「…………」
言っていいのだろうか。
不機嫌マックスなこの男に。
というか、なんで今日はこんなに不機嫌なんだ。
ああ、私のせいか。
「あのですね…非常に申上げにくいんですが…」
「…………」
「私……こっちに来たら、ダイゴの家に泊めてもらおうなどという……非常に甘いことを考えておりまして……」
なんだこの口調。
「…その…ホテルの予約とか…全くしてないんです」
「…だと思った」
「え?」
見上げるとダイゴは笑いを堪えるように肩を震わせていた。
段々、堪えられなくなったのか、声に出して笑い始めた。
笑われたことに対して、あまり気分はよくなかったが、こんなに笑っているダイゴを見たのは、いつぶりだろうかと、呆然と考えていた。
「ははは…君は、昔と全く変わってないね……」
「…何、どういうこと?」
「君、昔家出をしたことがあっただろう?
あの時、君は僕の家に逃げてきて……さっきと殆ど同じ事を言ったんだよ」
「…………」
くくく、と嬉しそうに笑うダイゴには申し訳ないのだが、全く覚えていない。
家出をしようとしたことはあった。
そしてダイゴの家に逃げこんだ……までは記憶にあるのだが、流石に言ったことまでは覚えていなかった。
「ははは…何年経っても、ナマエはナマエだね…」
「……それはダイゴも同じでしょ」
「そうだね。別にホテルなんて手配しなくても、僕の家に泊めてあげてもいいって思ってる時点で、昔と全く変わってない…」
そう言って、ダイゴはポケットから鍵を取り出した。
そして、ストラップも何もついていないその鍵を、私に差し出してきた。
「なんとなく予想がついていたんだ。だから、合鍵を渡しておくよ。これで僕がいない間も自由に出入りできる」
「……いいの?」
「泊まるところが無いんだろう?」
「はい…」
「じゃあ、決まりだ。
部屋もちょうど一つ空いているし、自由に使って」
そう言って笑ったダイゴの後ろに後光が見えた。
今ならダイゴを神だと崇めてもいい。
「それじゃあ、今度こそ僕は寝るよ……」
おやすみ、と言ってダイゴは二階へ上がって行った。
リビングにポツリと残り、先程手渡された合鍵をじっと見る。
本当に、ダイゴは昔と変わっていない。
それは、私も同じことなのかもしれないけれど。
ギュウと合鍵を握りしめ、5年前の別れ際の会話を思い出す。
私が覚えていないようなことも覚えているのだから、きっとダイゴも、覚えているよね。
(ダイゴ、私は約束を守ったよ)
20110110