04

ダイゴの家は、予想以上に広かった。


「あっちがお風呂とトイレ。洗面所も同じところにある。
あっちがキッチン、冷蔵庫に何かあるからお腹すいたら適当に食べて。二階の奥の右の部屋が空いてるからそこ使って。ベッドもあるから」

じゃあ、僕は寝るから。
そう言ってダイゴはさっさと二階へ上がっていってしまった。
どうやら明日、朝早くから仕事があるらしく、もう寝るとのことだ。
昨日もあまり寝ていないらしい。

なんだか申し訳ない気持ちになった。
これで明日も泊めてください……なんて言えない。
ホテルの手配も全くしていない、とも言えない。

どうにかしなければ、と気休めに持ってきたホウエンの旅行ガイドを取り出した。
シンオウにいたころ、ホウエンを懐かしむあまり購入してしまったものだ。
かなり古いものだが、情報はそうそう変わらないだろう。
そう思って宿泊ホテル一覧のページを開き、チェックする。
どのホテルにしよう、と考えていると頭上から声が降ってきた。

「何をしているんだい?」

「………」


ゴクリ、と息をのんだ。
なんでまだ寝てないんだ、という非難もこめて振り返る。
ダイゴは不機嫌そうにこちらを見て立っていた。


「なに、ホテル探してるの?」

「は、はい……」

「なんで?」

「…………」

「…………」


言っていいのだろうか。
不機嫌マックスなこの男に。
というか、なんで今日はこんなに不機嫌なんだ。
ああ、私のせいか。


「あのですね…非常に申上げにくいんですが…」

「…………」

「私……こっちに来たら、ダイゴの家に泊めてもらおうなどという……非常に甘いことを考えておりまして……」


なんだこの口調。

「…その…ホテルの予約とか…全くしてないんです」

「…だと思った」

「え?」

見上げるとダイゴは笑いを堪えるように肩を震わせていた。
段々、堪えられなくなったのか、声に出して笑い始めた。

笑われたことに対して、あまり気分はよくなかったが、こんなに笑っているダイゴを見たのは、いつぶりだろうかと、呆然と考えていた。


「ははは…君は、昔と全く変わってないね……」

「…何、どういうこと?」

「君、昔家出をしたことがあっただろう?
あの時、君は僕の家に逃げてきて……さっきと殆ど同じ事を言ったんだよ」

「…………」


くくく、と嬉しそうに笑うダイゴには申し訳ないのだが、全く覚えていない。
家出をしようとしたことはあった。
そしてダイゴの家に逃げこんだ……までは記憶にあるのだが、流石に言ったことまでは覚えていなかった。


「ははは…何年経っても、ナマエはナマエだね…」

「……それはダイゴも同じでしょ」

「そうだね。別にホテルなんて手配しなくても、僕の家に泊めてあげてもいいって思ってる時点で、昔と全く変わってない…」


そう言って、ダイゴはポケットから鍵を取り出した。
そして、ストラップも何もついていないその鍵を、私に差し出してきた。


「なんとなく予想がついていたんだ。だから、合鍵を渡しておくよ。これで僕がいない間も自由に出入りできる」

「……いいの?」

「泊まるところが無いんだろう?」

「はい…」

「じゃあ、決まりだ。
部屋もちょうど一つ空いているし、自由に使って」


そう言って笑ったダイゴの後ろに後光が見えた。
今ならダイゴを神だと崇めてもいい。


「それじゃあ、今度こそ僕は寝るよ……」


おやすみ、と言ってダイゴは二階へ上がって行った。
リビングにポツリと残り、先程手渡された合鍵をじっと見る。

本当に、ダイゴは昔と変わっていない。
それは、私も同じことなのかもしれないけれど。



ギュウと合鍵を握りしめ、5年前の別れ際の会話を思い出す。

私が覚えていないようなことも覚えているのだから、きっとダイゴも、覚えているよね。




(ダイゴ、私は約束を守ったよ)

20110110