苦い過去くらいある

「消えろ」
「会って第一声がそれか」


ジムを訪れたらマツバは表情を変えずにそう言い放った。
真顔で言われると正直傷つくんですけど。

「何か用…?」
「ん」

スッとマツバに紙袋を差し出した。
マツバは珍獣を見るかのような目をこちらに向けてくる。
なんだその反応。

「何だい、これ」
「さっき名の知らぬ女の子から預かった。『まっ、マツバさんに渡していただけませんか?』って頬を染めて言ってたよ」

相変わらずおモテになることで。
そう言うとマツバは納得したような表情で紙袋を受け取った。

「良かった。ナマエからの物だったら貰ったフリして捨てるところだった」
「いい笑顔で言うことじゃないだろ」

こいつのこの笑顔に騙されるんだろうな、世の女性は。
確かに、顔だけはいいもの。
それだけは認めてあげる、それだけは。


「あれ、ナマエさん?」


ふと、マツバの後ろから声がした。
そして、ジム内からひょっこり現れたのは、アサギシティジムリーダー、ミカンさんだった。

「あれ?ミカンさん?」
「ふふ、久しぶり」

ミカンさんはにこやかに笑った。
隣に立つマツバは貰った紙袋の中を漁っている。
なんだろう、もの凄く絵になるんですけど、この2人。

「ドーブルいないかな」
「ドーブル?」
「いえ、こっちの話です」


ドーブルがいたら描いていただきたい。
きっと高値で売れるだろう。
この前マツバの写真を盗み撮りしようとして失敗したので、今度ドーブルを見かけたら捕まえておこうと思う。


「ミカンさんは、どうしてここへ?」
「少し用があって。ちょうど今終わったんだけど」
「そうなんですか」

用って何だろう〜と思ってマツバを見たらまだ紙袋を漁っていた。
なんだお前は、紙袋に夢中か!
紙袋に夢中なマツバを放置してミカンさんは思い出したように口を開いた。

「そういえば、ナマエちゃん。ダイゴさんを知ってる?」
「……ダイゴさん?」

瞬間、ナマエの表情は歪んだ。
紙袋に夢中だったマツバも、それには顔を上げた。

「ホウエン地方の元チャンピオンの方なんだけど…」
「ええ、知ってます」

ダイゴという男のことは、嫌というほど知っている。
思い出されるのは、6年前。
私がホウエンのジムバッチを集め、ポケモンリーグへ挑戦した時。
四天王はなんとか倒せたが、ダイゴさんには勝てずにいた。
何回挑戦しても、いつもダイゴさんに負けてしまう。
実は、ホウエン地方から帰ってきた理由はダイゴさんに勝てないということが大きい。
そんなわけで、ダイゴという男は私の越えられなかった壁であり、私のトレーナー人生を挫折させた存在なのである。


「…ダイゴさんが、どうかしたんですか?」
「またナマエちゃんと勝負したいな、と言っていたわ。
そう伝えてとも頼まれたし」
「………あの石マニア」

思い出される戦いの日々。
ポケモンバトルに負けて悔しがる私にいい笑顔で「まだまだだね」と毎回いい放つあの男。

悔しいを通り越して殺意すら芽生えたあの笑顔。
見返したいと、いつしかダイゴさんの歪んだ表情を見るためだけに挑戦するようになっていた気がする。
そして、その途中で諦めた…と。

なんとも苦い思い出である。
出来れば、ダイゴさんには会いたくないというのが本音だ。


「…そういえば、ミカンさんはダイゴさんと知り合いなんですか?」
「ええ。前に鋼タイプのポケモンを探しにホウエン地方へ行った時に、ある洞窟で会って…それから時々連絡をとるようになったんだけど」

ああ、お互いエキスパートが鋼タイプで意気投合したということか。
納得したところで、ミカンさんの隣で顔をしかめているマツバに話をふった。

「どうしたのマツバ?」
「会ったことないな。ダイゴさんって、どんな人?」

何故か睨みつけるようにそう言われた。
あれ、私なにか悪いことしたっけ。
それとも、自分だけ話についていけなくて寂しかったのか。

「子供か」
「子供みたいな人なのか?」
「あ、いや、違う違う」

マツバの態度が子供みたいだと付け足して言うと、マツバはハハハと笑って思い切り足を踏みつけてきた。
流石マツバというべきか、ミカンさんがいるにも関わらず、ミカンさんがちょうどよそ見をした瞬間を狙って踏みつけてきた。
しかもかなり痛い。爪が割れたんじゃないだろうか。


「嫌だなぁ、ナマエ。
僕はもう子供なんて年じゃないよ」
「…そ、…うですね」


涙目でそう答えたナマエを、ミカンは不思議そうに見ていた。



20101018