それではよろしく

シンオウ旅行から帰ってきて数日、再びやってきた休日にマツバの家を訪ねると、廊下に荷物が積み上げられており、何やら部屋を掃除しているようだった。
マツバが普段寝室にしている部屋の隣、一応物置のようにはなっているが、ゲンガーやゴース達の遊び場になっていることもあり、それなりに綺麗に片付けられた部屋である。

「何だ、来ていたのか」

「さっきね、模様替えでもするの?」

「まあ…そうなるのかな」

やけにこざっぱりした部屋の中央で正座をし、段ボールの中身を確認しているマツバに声をかければ、曖昧な返事が返ってきた。
それに首を傾げると、マツバはクスリと笑った。

「ナマエの部屋だよ」

「えっ」

「そこそこ綺麗な部屋だし、寝室も隣になるし便利だろう?」

「そ、そっか…」

やや照れながら、部屋全体を見渡す。
マツバの部屋程ではないが、充分に広いと言える空間がすぐにでも家具を持ち込めるくらいには片付いている。
もしかして、前から整理をしてくれていたのだろうか。そう思うと口元が緩む。

「すぐここに引っ越してきても大丈夫そうだね」

「そうだな…私物くらいなら置いておいてもいいよ」

ダンボールの蓋を閉め、マツバもすくりと立ち上がる。
珍しく愛用のバンダナの外しているせいか、いつもとはまた違った雰囲気を漂わせるマツバに未だに緊張してしまう。
よくよく考えてみれば、マツバと付き合いはじめてまだ1年経っていないのだ。ならばまだ初々しくていいのでは?とひとりで勝手にフォローを入れる。

しかし、交際を始めて浅いというのに結婚まで決まってしまっているという事実に今更ながらに気づいた。
それまでの付き合いが長かったせいで、浅い関係だとは感じないが、それでも驚きの事実だ。


「ねぇマツバ、私たちつき合い始めてから1年経ってないんだね」

「…ああ、そういえばそうだね」

「なんだか不思議だね、それなのに結婚することまで決まってるなんて」

「実質付き合いは20年以上なんだし、別に不思議でもないだろ?」

「そっか」

ああでも、本当に結婚するのか。
式の日取りはまだ決まっていないが、両家交えて今度話し合おうということになっている。マツバの家に嫁ぐということもあり、一族の仕来りなども絡むらしく、結婚式の形式は全てあちらの家に従う形となる。
結納や打ち合わせのこともあるので、両親がシンオウから久しぶりに帰ってくるのは少し楽しみだ。

「それより、今日の夕飯は鍋がいい」

「鍋って…材料あったっけ?」

「多分無い」

「買いに行けと?」

「夜道には気をつけろ」

「あ〜不安だわ〜かっこいい彼氏がついてきてくれたらな〜安心なんだけどな〜」

「あ〜悪いけど、かっこいい彼氏は今から録画してあるハリーポッター見なきゃいけないから無理」

自分でかっこいい彼氏って言いやがったよコイツ。
その上、録画してあるハリーポッターを見るから付き添いは無理だと言う。
百歩譲って、今日リアルタイムでの放送であるなら仕方がないとは思うが、録画であるうえにハリーポッターは以前私の家におしかけた時に全部見ただろう。
ハァ〜と大きくため息をついて見せたが、マツバは知らぬ顔で廊下を歩き出す。

まあ、私がパシリのように使われるのはいつものことであるし、良くないがすでに慣れてしまっている。
相当な大事でない限り、マツバも私を心配しないのだ。
寂しいような気もするが、それだけ私を信用してくれているのだと受け取り、冷蔵庫の中身を確認するため私もマツバの後に続く。

既に数メートル先を歩いているマツバに目をやり、ふと足を止める。
これからこれが日常になるのか、と感慨深くマツバの背中を見つめる。
今もかなり頻繁にここを訪れているし、夕飯だって作っているし、今更新鮮な光景とは思えないが、何かしみじみと感じるものがある。
着実に進んで行く変化を、邪魔するものは何もない。きっとこのまま、上手くいくのだ。
チラリと、整理された部屋に視線をやる。
いずれ私の部屋になる空間、隣の寝室は現在マツバも使っている部屋だから、私も隣で寝るようになるのだろう。この家の中に私の空間が存在し、それが当たり前になっていくのだ。


ギシリ、と廊下を歩く足音が耳に入る。
なんとなく、マツバを振り向かせたくなった。



「あなた」


3メートル程先の廊下を歩いているマツバにそう投げかけてみた。
思いつきの発言であり、それにマツバが反応を示すとはとうてい期待できない言葉だ。
何言ってるの?と呆れたように振り返るか、悪くてスルーするだろうなと予想した展開と反して、マツバはぴたりとその場で足を止めて固まった。
あれ?と首を傾げると、ゆっくりとマツバが振り返る。
その表情は予想した通りに呆れを含んでいるもので、とても面倒くさそうである。
なんだ予想通りか、と少し安心した。


「…なーんて」

誤摩化すように照れ笑いをしてみるが、何故かマツバが今度は無表情になった。
え?と疑問に思っていると、無表情のまま引き返し、ドスドスと足音をたてながらこちらに早足で近づいてきた。
何かまずいことをしてしまっただろうか、と焦って数歩引き下がったが、それよりもマツバがこちらに距離を詰める方が早く、両肩を掴まれたと思ったらそのまま力いっぱい抱きしめられた。
急なことでわけがわからず、痛いぐらい締め上げられて新手のお仕置きかと思ったが、私の肩に顔を埋めているマツバの様子から、それが違うということが分かった。

普段のマツバなら、あんなこと言われたってどうってこと無いはずなのに。
マツバの背中に腕を回してから、マツバの頭に頬を寄せる。



「ど、どうしたのマツバ?」

『………」

「もしかして、ツボだった?」

「………」

無言は肯定と受け取った。
あのマツバでも、こんな一言だけでこんなに照れるのかと新たな発見をした気分だった。
もしかしたらマツバも、私と同じように何か思うところがあったのかもしれない。
しばらくその状態のまま抱き合っていると、観念したかのようにマツバが呟いた。


「まだナマエの旦那になってない……けど、悪くないな、それ」

優しく頭を撫でられるのが心地いい。
にやける口元をそのままに、こちらもぎゅうと抱きしめ返す。


「…そう、ならまだ暫くお預けだね」

「…今から籍入れに行くか」

「残念なことに、役所はもう閉まってるよ」

「じゃあ明日」


クスクスと二人で笑い合える空間が、これからも続けばいい。



ガーデニアの花言葉


20130907