恥ずかしい

いつの間にか、キッチンに立っていた。
全く見覚えのないキッチンに、見慣れた包丁。
包丁をにぎって野菜を切っている私は、はたしてどうしてここにいるのか。
考えてもわからない。
首をかしげると、ついついとエプロンを引っ張られた。
自分がエプロンを着ていたことに気づいたのと同時に、このエプロンはどこかで見た覚えがあるような気がした。どこだったかな。

そんなことを考えながら、くるりと振り向けば、小さい男の子がこちらをじっと見ていた。
その子もどこかで見たことがあるような気がする。

男の子を見ていると、その子はとんでもないことを口にした。
「ママ」
「まっ…!?」

ママだと!?
衝撃の発言にナマエは固まる。
それを見て男の子は不思議そうに首をかしげたが、すぐに満面の笑みを浮かべて続けた。

「きょう、パパはやくかえってくるって!」
「…ぱ!」

ナマエは唖然とした。
自分がママと呼ばれた時になんとなく予感がしていたが、本当にいるとは。

ナマエはその男の子をじっと見て、恐る恐る質問した。

「パパって…どんな人?」
「パパ?」
「うん」
「とってもやさしいよ!
それでね、すごくかっこいいんだ!」

男の子はキラキラと目を輝かせながら、そう力説する。
どうやら私の旦那は、とても素晴らしい人らしい。
実は自分は結婚どころか恋人が出来るのかも不安だったので、夢の中だといっても結婚できていたのなら嬉しい。
そこではたと、気づいた。

これは夢だ。
だから見知らぬキッチンで料理をしていたのだ。
おそらく、ここは旦那の家。
そして、この包丁は私愛用のもの。だから、どこかで見たような気がしたのだ。
きっと嫁いで来た時に持って来たのだろう。

そう納得して、ふとあることに気付いた。
このエプロンは、どこかで見たような気はするが、私のものではない。

だとしたら、誰のもの?
どこかで見たものなのに、一体どこで見たのだろうか。

そして、ふと思い至った。
何日か前、私がジムを訪れた時に誰かこれを着ていなかったか…?
なんでそんなもの着ているんだと聞いたら、お腹がすいたから料理をしていたと当然のように言われた気がする。
あのジムの一体どこにキッチンがあるのかと疑問に思ったが、あえて質問しなかった。

いや、まさか、あいつじゃないよなぁ。

ハハハと笑い、今頭に浮かんだ人物を必死に追い出そうとした時に、男の子はさらりととんでもないことを口にした。
本日、三度目の衝撃発言だ。



「ぼくも、パパみたいなジムリーダーになりたいなぁ」


それで、ママをまもってあげるね!と息子に言われたら嬉しすぎる発言をされ、有頂天になりたいところだが、ちょっと待ってください。
まさかまさかまさか、ジムリーダーって、私の旦那って………。

途端に心臓がドクドクと活発に活動を始める。
心音がよく響いて、それが余計にナマエの心を高ぶらせる。

それに追い討ちをかけるように、家のドアが開く音がした。
ガチャリ、と鍵をかける音のした後、廊下を歩く足音が響く。
それは確実にこちらに向かっており、男の子も「パパだ!」と嬉しそうにかけて行く。
そういえば、男の子をよく見ればアイツに似ているような…。

ドクドクと高鳴る鼓動を響かせながら、リビングのドアを見つめた。
そこにゆらりと人影が立ち、ドアノブが回されるのを見て、唾を飲み込んだ。

そして、ドアがゆっくりと開き、現れたのは……。

























ミナキだった。


「何でだああああああああ!」


思わずそう叫ぶと、今度は見慣れた部屋の景色が目に入った。

オレンジの日差しが部屋に入り、外は日が暮れようとしていた。
そういえば、昼寝をしていたんだっけ。
思い出したついでに、夢の内容も思い出して急に恥ずかしくなった。

あそこまで引っ張っておいて、ミナキって…。
ため息をつくと同時にガクリと肩の力が抜けた。


なんだ、マツバじゃないのか……。
って、私は何を考えているんだ。
これじゃあ、まるでマツバがよかったみたいじゃ「何を叫んでるんだい」
「ぎゃああああ!」


出たあ!というように後ずさったらベッドから転がり落ちた。
それを冷たい目で見てくるマツバの視線すら、恥ずかしい。
きっと、あんな夢を見たからだと必死に自分に言いきかせる。

「ま、ままま、」
「まま?」
「ママとか言うな!!!」

一人パニック状態になっているナマエを見てマツバは首をかしげる。
ナマエはナマエで混乱ゆえに、何故マツバが無断で自分の家に上がりこんでいるのかということを追及することを忘れていた。

「何かあったのかい?」
「べっ、べつに何も!」
「ふーん?」


マツバが不審そうにこちらを見てきたが、ナマエは気付かないふりをした。

この夢の内容だけは、マツバには言えそうにない。



20101017