世話焼きと過保護の境界

放課後の部活を終え、帰路についたナマエはふいに筆箱の中のシャーペンの芯が切れていたことを思い出した。
帰り道の途中にある大きめの本屋の文房具コーナーに、確かシャーペンの芯が売っていたはず、とナマエは自転車のハンドルを切る。
それなりに広い駐車場を抜け、駐輪場に自転車を置き、本屋に入る。
入ってすぐ手前に設置されたベストセラーコーナーに並ぶ文庫をなんとなく眺めてから、本来の目的を思い出し文房具コーナーへ向かう。
さっさと買ってさっさと帰ろう、そう思いながら文具コーナーへ向かう途中、見覚えのある男子生徒の顔が見えた。
成人男性の平均身長を悠に超える彼は、そこらの棚よりずっと高い位置に頭があり、と奥からでも誰なのか丸分かりだ。

ナマエは少しためらったが、なんとなく最近彼とよく話すようになった事が後押しとなり、少しの勇気と共に文具コーナーへ足を踏み入れた。

「黒尾君」
「…お、苗字」

奇遇だな、と驚いた風にやや目を見開く黒尾君の手には、可愛らしい便箋が握られている。
誰かに手紙を書くのだろうか、それにしてもやけに女の子っぽいデザインのものを選ぶんだな、と黒尾君に少女趣味疑惑が浮かび上がる。
そんなナマエの脳内を察して、黒尾君は「ちげーよ」と苦笑いをした。

「まぁ…ちょっと事情があんだよ。正直…どうするか迷ってんだけど」

がしがし、と頭をかいてから、黒尾君は手に持っていた花柄の封筒を棚に戻し、落ち着いた色合いの分線を手に取った。

「後輩がさぁ、ラブレター貰ったらしいんだよね」
「へぇ」

ラブレター、という未知の響きに、ナマエは興味心身とばかりに黒尾を見上げる。
目を輝かせるナマエは、まるで構って欲しそうにする犬のようで、黒尾はくすりと笑う。

「部室でそのラブレター奪い取って読み上げたんだけど」

それは酷くないだろうか。

「そしたら話の流れで、今までラブレター貰った事があるか無いかの話になったんだが、なんとバレー部でラブレター貰った事無いの1人しか居なくてさ。
まぁ、山本っつー奴なんだけど…。そいつがここ最近ずっと調子悪いんだよ。ラブレター貰ったことない件引きずってるみたいでさ」
「…まさか」

話の流れから、黒尾の手にある便箋の用途に薄々と勘付く。
黒尾はうん、と強く頷いて、ナマエの予測を肯定した。

「面倒くせぇから、ラブレター偽装しようかと思って」
「えぇ…それバレたら可哀想だよ」

大丈夫大丈夫、と爽やかな笑みを浮かべる黒尾君の背後に不穏なものが見える。

「実績はあるから」
「…実績って何の」

黒尾君の上がる口角に、言うまでも無く、過去にラブレターを偽装して書いたことがあるのだと察した。
なんて人だ、貰った人の純情を踏みにじるなんて…とナマエが幻滅した辺りで、黒尾君は自身に向けられた軽蔑の視線に慌てはじめた。

「いや…その、貰った本人幸せそうだったし…」
「でもそれ見て笑ってたんでしょ」
「……」

返す言葉も無い、とばかりに黒尾君は降参のポーズを取った。



シャーペンの芯の入った袋をカバンにしまうと、会計を済ませた黒尾君はナマエの隣に立つ。
結局、猫の絵柄の入った便箋を買った黒尾君は、それをポイっとカバンにしまい込んだ。
それをじっと見ていると、黒尾君はナマエの視線に気づいて苦笑いをする。

「まぁ、なんだ。お前の言い分は分かるんだ。ただな…」

もの凄く深刻そうな、顔色の悪い顔で黒尾くんは切実に呟いた。

「あいつ本当にどうにかしねぇとヤベェんだ、マジで」

こういう手を使ってでも調子を取り戻さないと、次の大会に響きかねない。
まるで懺悔するかのように言う黒尾に、ナマエも先程の自分の発言に申し訳なさを感じた。

そういえば、黒尾君は面倒見がいいのだと、友人が言っていたのを思い出す。

「私もごめん、別にからかい半分にするつもりじゃ無かったんだね」
「………」

無言の後、黒尾くんはあからさまに視線を逸らした。
先程までの困ったような悲しそうな表情は形を潜め、どちらかというと罪悪感を含んだ表情をする黒尾に、ナマエは呆れた。
いつものつかみ所のない無表情に見えるが、眉がやや寄っており、「やべぇ」と顔に描いてある。
なるほど、からかうつもりではあるらしい。

「…さっき黒尾君の事見直したのに」
「えっ」

なんのことですか?と開き直りはじめた黒尾君の言葉遣いがあからさまに挙動不審で、ナマエは本筋を忘れて笑ってしまった。


後日、偽装ラブレターを渡したら、山本君は余計に調子を崩してしまい、ネタばらしするはめになったと黒尾君が教えてくれた。
しかもネタばらしをしたら、山本君は落ち込んだものの冷静になったらしく、調子が戻ったようで、結果オーライなんだそうだ。

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