300hit



 どてんっ

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。私の隣で歩いていたイルミが、消えたのだ。消えた、という言い方では御幣が生じるかもしれない。




 そう、今日は、久しぶりの雨が降った。せっかくのデートだというのに。イルミは仕事の関係上、深夜に出かけたり、私が会社に行ってる間睡眠を取ったり、何かと二人の時間が合わないことが多い。
 そんな中、イルミの珍しいお休みが取れたらしく、私は張り切っておめかしして、田舎の家を出て、都会のショッピングモールへとやってきた。これと言って欲しいものがあったわけじゃなく、ただ色んなショップを見て回るだけのデート。特別な目的は無くとも、イルミと街を歩けるというだけで、楽しみで楽しみでしかたなかった。

 それなのに、雨が。基本的に屋内だけど、なんとなく天気が悪いと、気分がブルー。ガラス張りの天井から見えるのは、灰色の雲と、強めに打ち付ける、雨。
 やだなー、という私の気持ちを察してくれたのか、突然、イルミは無理やり私を外へ連れ出した。

「ちょっと、濡れるってば!イルミ!」

 たまに何を考えてるのか分からないけど、それでも私を元気付けようとしてくれてたり、愛してくれてるのは分かる。……たぶん。



「もう、イルミ!びしょびしょじゃない!」
 ショッピングモールから、少し離れた緑地公園。緑の丘が、雨に濡れて、とっても綺麗。ベンチに腰かけ、休憩する。お尻が濡れてしまうけど、平気だ。
 
 イルミのおかげで私は濡れ鼠、セットした髪も、お洒落してきた服も、台無し。でも、なんだか気分は晴れやかになった。いい歳して、雨に濡れて、大笑い。しかもイルミは無表情なもんだから、周りから見れば、とっても奇妙な光景なんだろうと思う。

「せっかく、二人の時間が出来たんだから」

 なんて、イルミが言うから、濡れてしまったことは許そうと思った。

「タオルと傘、買って来るね。流石にこのままじゃ、恥ずかしいもの」
 私が持ってきたハンカチだけじゃ事足りず、急いで売店へ走った。


「お嬢ちゃん、びしょぬれじゃないか。可哀想に」
「やめて、お嬢さんなんて年齢じゃないわよ。タオル二枚、とそれから……」

 この雨だから、傘はたくさん売っている。彼と相合傘、なんて出来ないよね。

「あー、傘も、ふたつ下さい。あ、袋は要らないわ、そのまま使うから。ありがとう」

 買ったものを抱えて、イルミに駆け寄る。うっかり水溜りに足を突っ込んで大きな水しぶきをあげてしまったけれど、今は気にならない。向かいのお店の軒下で待っているイルミの元へ。

「お待たせ、はい、傘」

「……傘?」

 イルミは不思議そうに傘を見つめる。

「傘知らないの?」
「見たことはあるけど」

 とりあえず、傘を使ったことが無いイルミの為に傘を広げてあげる。

「はい、ここ持って」




 こんなやりとりが数分前。たぶん、イルミに傘を持たせたのが悪かったんだと思う。普段イルミが、その、転ぶことなんてありえないから。

 アンテナ的な何か……?を使えなくしちゃったのかも。傘って、金属だし。見ようによっては、パラボラアンテナっぽいし……。

「あ、あの……イルミ?」

 何事も無かったかのように、立つイルミ。いつもどおりの表情。

「ん、何、どうしたの、」
「ううん、何も!」

 オーケー、そういうことね。今のは忘れろって事ね。

「今日は良い天気だね、なまえ」
 
 ざーざー、雨は相変わらず降っている。意味が分からなくて、数秒の静けさ。

「そ、そうね!良い天気だね」  
 あははは、と虚しい笑い声が響く。


ばっ



「きゃあっ」

 突風と共に、突然の大きな音。びっくりしてイルミの方を見ると、傘がひっくり返っている。骨も何本か折れたみたいだ。

「……何これ」

 ちょっぴり不機嫌そうなイルミが、使えない傘を睨みつけている。

「ご、ごめんね、私が安いのを買ったから……」

 慌てて謝ってみるけれど、イルミの機嫌は直りなさそう。立て続けに起こる、小さな不幸に気の短いイルミはイライラしているみたい。

「もういいよ」

 冷たい声。ぽいっと傘をその辺に捨てると(こらっ!って言いたいところだけど、今は無理そう)私の傘の中へ入ってくる。イルミのほうが背が高いから、手を伸ばしてイルミが入れる高さに調節する。

「これも邪魔」
「あ、ちょっと……!」

 私の傘も取り上げて、投げ捨てる。

「こんなのいらない。なまえ、あっち行こう」

 ひょい、と私を抱き上げて。街の中を駆け巡る。私に雨がかからないように気を遣ってくれてるのか、ちっとも雨が気にならない。目的地はどこか分からないけど、イルミに体を預ける。イルミのにおいが、する。

「なまえ、」
「なあに?」
「傘って、不便だね」
「珍しいイルミが見れたもんね」
「……何のこと?」
「さあ?」

 小さく笑って、この幸せをかみしめる。拗ねるイルミもかわいいな、なんて、こんなこと言ったら怒るんだろうけど。

「ねえイルミ、大好き」

 返事は返ってこなかったけれど、それでもイルミと過ごせる幸せに、もう少し浸っていたいと思った。


***********

300hit記念でした!
イルミ甘夢で、ギャグ風味、ということで。

いやー、にわとりにギャグが書けません。
難しいジャンルだと痛感。精進します。
とりあえずイルミを転がしてみましたが、いかがでしたか?

……イルミは多分撥水性なんだと思います。
傘を差すイルミはなんとなく想像できませんね。撥水性イルミ。





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