2014リドル誕生日


誰もいない空き教室から、ただぼんやりとこの冬の夕焼けを見つめていた。いつも何かと難しいことをあれこれ考えているリドルにとっては珍しい。
大晦日という、ほとんど全てのホグワーツ生が帰省していて、この城に残っているのは何人かの教授と、よほどの事情がある生徒だけのこの状況が、リドルに思考の休息を与えていたのかもしれない。
ホグワーツは、普段の騒がしさと無縁の静かな日暮れを迎えようとしていた。今はもう降ってはいないが、午前に積もったらしい雪が沈み始めた陽の光を受け、赤く輝いていた。眼下に広がる湖は、凍っているように見えた。

今日は大晦日であり、リドルの誕生日でもある。そして、彼にとってはホグワーツで過ごす、最後の誕生日だ。談話室にはもう大量の大小様々なプレゼントが届いていた。クリスマスに、今日に、とリドルのファンは趣向を凝らしてプレゼントを選ぶ。
中には愛の妙薬の出来損ないのようなものが混ざった怪しげなケーキを堂々と送りつける女生徒もいるものだから、リドルは毎年この時期にはうんざりさせられていた。
こういったものの処理の際に、良心が痛むことは無かった。ひたすら馬鹿げていると思ったし、消失呪文をかけたこのプレゼントの山がどこへいくのかとかを考えたりする方がよほど楽しかった。
高価な時計やアクセサリーは名家出身の生徒からだ。好んで身につけることはまずなかったが、送り主と仲良く付き合いたいと思ったときに、さらに好印象を植え付けるいい材料にはなった。

唐突に、後方のドアが遠慮がちに音を立てて開いた。

「あ、いた!」

マフラーに顔の半分程を埋めながら、ひょこりとこちらの方を覗き込むのは、リドルと同じ居残り組のなまえだ。
赤くなった鼻の頭を見るに、この時期の厳しい寒さが伺えた。

「珍しいね、こんな所にいるの。談話室にいないから、てっきり図書館かと思って探しに行ったのに、全然見つからなくって。行ったり来たりしちゃったよ」

指先を擦ったり、息で温めたりしている様子の彼女を見ると、リドルは俗にいう愛おしさのようなものを感じた。リドルの表情が誰にも気付かれないくらい微妙に、柔らかくなる唯一の瞬間だった。
そうさせているなまえでさえ、彼のこの目線を知らなかった。

「やあなまえ」

「ねえ、こんなところで何してるの?」

「景色をちょっとね。談話室からは楽しめないから」

窓を見やると、ふくろうが一羽、音もなく彼方へと飛んでいくのが見えた。

「それにしても、気温調節の呪文も使わないで、こんなに寒いところに居るなんて、やっぱり珍しいよ。今日の気温知ってる?」
「そうかい?」
「うーん、ホグワーツ最後のお誕生日をあなたが感慨深く思ってるなら、なおさら珍しいかもね。リドル君、そういう情緒に欠けてるところあるから」

そう言ってなまえはリドルが座る一つ前の長机の上に腰掛けた。
無頓着に投げ出された足がリドルの目の前でふらふらと規則正しく揺れた。優等生らしいひざ下までのスカートも、今は少しずり上がっている。
エロティックに見えなくもないが、リドルにとっては、お尻の下でくしゃくしゃになっているスカートの方が気になった。
また、なまえがしょっちゅう見せる、17歳という年の割には幼稚に思えるこういった行動には正直うんざりしていた。油断しきった態度はリドルをたまにいらだたせた。

「もうちょっとレディらしい振る舞いはできないの?」
「紳士の前では、そうするもん」
「君も言うようになったね」
「おかげさまで」

夕日の強い日差しが、なまえのまっすぐに伸びたまつ毛を照らし、黒いなまえの瞳に影を作っていた。飾り気のない彼女の髪は肩のラインに沿って好き勝手に跳ねている。

こういうなまえの無防備で緊張感の無い素振りは、親しい者にしか見せない一面なのだろうか。その親しい者とは一体誰なのか。こういう考えても答えのでないことを、つい考えてしまう。
いつもクリアなリドルの頭の中も、なまえについては殊、複雑で難解だった。リドル自身は、彼女の年に合わない振る舞いを嫌っていると考えていた。しかし、本当のところは自分でコントロールできない感情や、なまえ自身に腹を立ているのかもしれなかった。

「ねえ、今日はリドル君のお誕生日でしょ。これ、プレゼント」

おめでとう、とまるで拾ったペンでも渡すかのような気軽さで、なまえはプレゼントを寄越した。
透明なビニール袋に入った1枚の大きめのクッキーだった。リボンで結ばれた以外に装飾のようなものはなく、なまえらしいといえば、なまえらしかった。クッキーの形でさえ、丸型なのだから笑えてくる。

「ハッピーバースデー、リドル君。それ、私が作ったんだ。しもべ妖精と一緒に作ったから、たぶん美味しいよ、食べてみて」

残りは自分で食べちゃったんだ、となまえは笑っていた。彼女以外からなら、きっと受け取らなかっただろう、とリドルは思った。普通は、こんな得体のしれないもの、もらうかどうか吟味する以前に捨てる品物だ。

「ありがとう」

今すぐ開けて、と目線でねだるなまえに気付かないふりも出来た。しかしこの場でそれを無視したところでメリットはないので、素直になまえに従うことにした。何よりも、彼女を相手に損だの得だのを考えることが無駄に感じていた。
リドルが年相応な、学生らしい会話を楽しめるのは唯一なまえと一緒にいる時だけだった。

なまえは血統だの闇の魔術だの小難しいことが分からなかったし、また興味もなく、かといって流行りのブティックやミュージシャンにも疎かった。むしろ、いつも厳しい教授の締め忘れたシャツのボタンや、蛇口から漏れる水滴の音に心をくすぐられた。

それでも、リドルが夜な夜なスリザリンの談話室を抜け出してなにか良くないことに手を出したり、教授の目の届かないところで悪い計画を立てていることはなんとなく知っていた。
生徒のイタズラでは済まされないような邪悪なことであるとも。
リドルも、なまえに知られているのは分かっていた。むしろ、時々彼女の目につくように、リドルの悪事の証拠をさらしたりした。その行動の明確な理由は、リドルも理解できずにいたが、彼女の自分に対する「忠誠」をはかっていたのかもしれない。

リドルのほの暗い闇の部分を追及してこないなまえのことが好きだった。

「こうやってリドル君のお誕生日をお祝いするのも、最後だね」
「来年はもうホグワーツに居ないと思うと、なんだかしんみりするよ、本当」
「卒業の前にイモリ試験が残ってるけど。ああ、将来が決まってるリドル君が羨ましいな」
「そうだね、僕は魔法省で優雅に官僚暮らしかな」
「あなたなら大臣にもなれそう」
「そりゃあ」

ほろほろ崩れてしまいそうなクッキーでも、リドルは上品に食べてしまう。男の子だし、誰の目もないんだからかじりついて食べればいいのに、なまえはもどかしく思った。
まるで上流階級出身のような優雅な仕草や振る舞いが、意識することなくできるリドルに嫉妬のような感情を覚えることも少なくなかった。

「リドル君のことだから、試験も万全なんでしょ。わたしも少しずつ勉強始めてるけど、上手くいく気がしないや」
「君、フクロウの時もそう言ってたけど、どの教科も良以上取れてたじゃないか。去年の学期末だって悪くなかった」
「全教科優のあなたが言うと、嫌味っぽい」
「真実しか言わないよ」

くだらなく、他愛ない会話をしているのは分かっていた。リドルも、なまえにも。

「私は来年の今頃、何してるかなあ。このままだと、家の宿屋のお手伝いになっちゃうかな」
「……さあ、僕の隣に居るんじゃない?」

少しも予想しなかった言葉になまえは驚いてリドルの方を見た。もう日もずいぶん落ち、薄紫色の空が窓から見えた。普段は使われていないためか、この部屋はいつもの教室よりも埃っぽく、雑然としていて、薄くなった机の影があちこちに伸びていた。
机に頬杖をついて窓の外を眺めるリドルからは、今の言葉が冗談なのか、本気なのか、判断がつかなかった。

「違う?」

間の悪い一瞬の沈黙のあと、ふっとこちらに目を向けたリドルは、なまえが考えていた以上に、いつになく真剣な様子だった。目を逸らしてはいけない、と本能的に感じた。
さっきまでふらふらと揺れていた足も、気づかないうちに止まっていた。

「大臣専用の椅子に座らせてくれるの?」
「出来ないこともないけど、もっと特別な場所を」

ひゅっと、ビニール袋がどこからか漏れた冷たい隙間風によって吹き飛ばされてしまった。思いの外、大きな音を立てて床に落ちていったのは、袋の素材だけが原因ではなかった。

「ああ、クッキー美味しかったよ。魔薬学が得意な君らしいね。正確で失敗がない」
「そう?ありがとう」

思い出したように感想を述べるリドルは、いつもの優等生らしい彼だった。
まだなまえにはリドルの真意を測りきれずにいた。彼とのこの先を想像してしまい少し恥ずかしくなり、誤魔化すようにクッキーの空き袋を消失呪文をかけて消し去った。
2人一緒の、平和で幸せな未来などあり得るのだろうか?あのリドルと?

「そろそろ、戻ろうか」

そう言って立ち上がったリドルが、紳士的に手を差し伸べた。もう夜になろうとしていた。


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