2012リドル誕生日




クリスマスのパーティも終わり、ホグワーツ城は普段の騒がしさもすっかり息を潜めていた。新年は家族と一緒に居たい考える生徒がほとんどで、ホグワーツに残っている人は数える程のようだった。

ホグワーツもいよいよ今年で卒業だ。7年生のみんなは、いもり試験に向けて馬鹿みたいに勉強してたり、家業を継ぐために特殊な教科を専攻したり、何かと忙しそう。もちろん私も同じように勉強に追われる毎日だ。
リドルはというと、言うまでもなく、無事に首席の座を手に入れた。彼が残した功績からすると、当然といえば当然の結果だけれど、喜ばしいことであるのには違いない。輝く首席バッチを襟元に着けて、堂々と廊下を闊歩するリドルの姿は誰以上に素敵だ。

リドルと私は小さい頃からずっと一緒だった。だから、1番初めに彼に恋したのも私だし、誰もが恐れたその才能を見出したのも私だった。
リドルがどんな道を歩もうとも、一生付いていく覚悟はもう何年も前に出来ていた。


今日はホグワーツで過ごす最後の年越しで、リドルの誕生日。
ちゃんとプレゼントは用意してあった。闇の魔法の古い本だ。学校では教わらないような失われた文字で書かれた本、もちろんとても私には読めないけれど、彼は読みたがってたのだから、きっと解読できてしまうのだろう。

彼の知識量や魔法の腕は、もはや学生の域を超えていた。
そんなリドルの将来の夢は、冗談抜きの世界征服だった。彼の異常なまでの全てに対する欲求は、世界を手に入れ、死すらも越えようとするものだった。

リドルを笑う人は誰もいなかった。

着々と人脈を広げ、策を練り、今では名高い純血の家系の数々を巻き込もうとまでしていた。何人かの純血のスリザリン生は「死食い人」と名乗り、命をかけた忠誠を誓った者までいる。


今日はリドルがいつ起きてきてもいいように、いつもより少し早い起床時間だった。それにも関わらず暖炉にはもう火が灯っており、ぱちぱちと緩やかに燃えていて、寮の部屋よりは幾分暖かかった。談話室には誰もいないし、寮にだって誰もいないから、きっと屋敷しもべ妖精のおかげだろう。彼らは休むことを知らない。
スリザリン寮の朝は暗すぎると、いつも不満に思っていた。
大理石の壁に反射した炎の影が揺らめき、緑のランプがさらに陰気な雰囲気を醸し出している。もう慣れたけれど、正直この薄暗さには毎朝うんざりする。

ふと、用意したプレゼントに目をやって、薄い紫のラッピングの包装紙に赤いリボン、ちょっと可愛すぎたかしら、と気に留まったが、どうせ破いて捨てるだけなのだから、まあ良いだろうと、彼が起きてくるのを待った。

ぼんやりと暖炉の炎を見ながら、少しうとうとし始めた頃、男子寮の方からコツコツと石の階段を登る音が聞こえてきた。
きっとリドルだ。

「あれ、なまえもう起きてるの?早いね」

彼は隙を滅多に見せることはなく、どうせ2人しかいないのに、きっちり制服を着て、ちゃんと髪の毛も整えてくる。
どんなリドルも好きだけど、制服のリドル以外、本当はあんまり見たことがない。

「おはよう、リドル」
「うん、おはよう」
「そして、はい、これ。お誕生日おめでとう」

毎年、この瞬間がいつもどうも照れくさい。改まって、彼の誕生を祝うのが、どこか恥かしい。

「ああ、いつもありがとう。今年の贈りものは何?」
「開けてみてよ」

リドルの長い指先が、赤色のリボンをするすると解いていく。その手つきの上品さといったら、まさか私と同じ出身だとはとても思えなかった。

「わお、驚いた。こんな、こんな珍しい本どこで手に入れたんだい?なまえにしてはよくやるじゃないか」

「ふふ、ちょっとね。リドルが『灰色のレディ』の口説き文句をうんうん考えてる間に、私がイギリス中の古本屋を探し回ってたってわけ」

リドルのためなら何だってできるし、やってきたじゃない、とは言わないことにした。リドルは、私の気持ちなんて知らないし、知ったところで、迷惑なだけだろうからだ。
この2人の関係を崩したくない。興味のない古代ルーン文字や、魔法薬学を一生懸命勉強したのは、彼と共にいたいと思い続けていたからだ。

「それじゃ、私は失礼するね、先生たちからたんまり頂いた冬休みの宿題を片してしまわないと」

どうせ彼はこのあと自室にこもってあの古書を読みふけるんだろう。いったん何かに集中し始めると、何日も部屋から出てこなかったり、食事も取らなかったりする。

ほとんどリドルと同じ教科を取ってるから、くだらないレポートとかは彼より先に仕上げておいて、後で見せてあげよう。

自室へ戻ろうとすると、リドルはわざとらしい、きょとんとした顔で私を呼び止めた。

「せっかくの僕の誕生日なのに、祝ってくれないのかい?」
「え?」

予期せぬリドルの返答に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
いつもそんなこと言わないのに。

「え、何て?どうしたのリドル」
「だから、ホグワーツで過ごす最後の僕の誕生日なのに、プレゼント渡すだけでお終いなの?ってこと。別に、今宿題をする必要なんてないだろう?」
「まあ、そうだけど。それ、読まないの?」
「こんなのいつだって読めるさ。でも、僕の誕生日は今しかないだろう?特別に寮だって貸し切り状態だしね」
「貸し切りって……。ただ2人しか残らなかっただけじゃない」
「言葉の綾だよ、なまえ」

そう言って、リドルはふわりと正面の一人掛けソファに座った。

「でも、私、何も用意してないよ」
「なまえもまだまだだね」

本を手に取って、いくらかページをめくった。読み解くまでもなく、リドルはこの言語が分かるのだろうか?

すると、リドルはそのまま本を読み始めてしまった。

しばらくの間、談話室には、暖炉の薪がぱちぱちと燃える音と、リドルが本を捲る音しか聞こえなかった。

こうなると、自室で読むか、ここで読むかの違いだけじゃないの。

でも、悔しいことに、肘掛を使って頬杖をつきながら、分厚い本を読むリドルの姿はばっちり決まってる。緑色の光が怪しくリドルを照らして、まつげの影が焦げ茶色の瞳を隠す。
スリザリンの談話室はあたかもリドルの為に作られたような空間だ。
まるで暖かみがなく、どこか殺風景で、そしてこの上なく品のあるこの部屋が似合う人は、きっとサラザール・スリザリンとリドルぐらいだろう。

「ねえ、そんなに僕のこと気になる?」

目線だけを寄越して、にやっと意地悪な笑みを浮かべた。

「えっ?」
「僕のこと、見てただろう」
「まあ、ちょっとは」
「嘘ばっかり、ずっと見てたじゃないか」
「そんなこと無いよ。少し、目に入っただけだってば」
「嘘。ずっと見てた」
「気のせいじゃない?」
「君も強情だよね」

わかりやすく、呆れたように鼻で笑って、本を閉じた。

「君はずっとずっと僕を見てきたし、僕もずっと君を見てたんだよ、なまえ」

リドルは暖炉で燃える火を眺めながら、ぽつりと言葉をこぼし始めた。

「僕たちはもう、今年でホグワーツを卒業する。卒業したら、僕は、僕の理想の世界を作るために本格的に行動を始めるだろう。そのためにはもっと知識が必要だろうし、資金も権力も、もっと必要になると思う。

そこで、いろいろ考えたんだ。僕の未来ははっきり見えている。僕が人々に尊敬され、恐れられ、僕が、ヴォルデモート卿が、全てを支配する未来だ。でも、君は?君は、僕の知らない誰かと結婚して、幸せな家庭を築いていく?そして、僕の知らない所で死んでいくのか?そんなこと、ありえない。ありえないんだよ、なまえ。君は永遠に僕の元に居て、永遠に僕を見続けるんだ。君が死ぬ時は、僕が死ぬ時だ。わかるかい?」

リドルの真剣な視線が私を捕らえて離さなかった。目を逸らすことが出来なかった。

「……リドル?」

「何も、『灰色のレディ』の口説き文句ばかりを考えていたわけじゃないさ。僕は、今日この日に君と約束された未来が欲しい」

リドルのひんやりした手が、私の手をとった。

「ね、僕は君を愛してるんだ」

返事は?と言いたげに首を傾げた。そんな、答えなんて決まってる。とっくの昔に決まってた。それは、私が彼と出会ったその時から、決まっているものだった。

「もちろん、もちろん一緒に行く。私もリドルのことが好き」
「知ってた」

リドルはそっと私の頬に手のひらを添えて、ソファから腰をあげた。

「なまえ、目、つむって」

それは、永遠の約束の儀式で、この世界すべての幸せだった。

ハッピー・バースデー、リドル。


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