Short story

たとえばこんな、春の形


「腹減ったなー」
「そうだね〜」


机に頬杖をつきながらそう呟いた俺の言葉に、友人から返事が返ってきた。
別に腹の虫が鳴いているわけでもないし、捻りあげられるようにねじれることもない。ただ適当に飛び出た言葉に答えなんて期待していなかった。
友人も、きっと俺が「腹が減った」と言おうが「眠い」と言おうが"そうだね"と答えたに違いない。
俺も大概だが、向かいの女──正しくはたまたま席替えで前の席になった女──も大概テキトーだった。
そんなにテキトー言われるのなら、いっそ…と、ここまで考えて鼻から笑いが抜けた。きっと今の自分は、心底人を馬鹿にしたような顔をしているに違いない。
俺が馬鹿にした男は今日も、まともに前も向けないまま、どうでもいい言葉を外に向かって吐き出している。テキトーながらも拾ってくれる前の席の女に甘えている。

言葉っていうのは不思議なもんで、口に出すと本当になったりすることがあるらしい。俺はある程度の見込みがないと口には出せないタイプだ。大口を叩く奴だと思われてるみたいだけど、でかいこと言ってる時は大抵本当にどうにかなるだろうという謎の自信に満ち溢れていて、どうしたらいいかなんて何もわかんねーのに、どうしようもなく前向きだった。
俺に剣を教え込んだ奴には、成し遂げたいことこそ大きな声で叫べと言われた。「『大剣豪になる!』くらい言って見せろぉ!俺が叩っ斬ってやるがなぁ!!!」と大口をあけて笑ったそいつは、何もかもを手にしてきたような面構えをしながら、本当の願いは未だに叶えられていないし、その本当の願いってやつは、昔に絞り出すように小さく聞いたことがあるくらいだった。
まぁ結局のところ、欲しいもんを素直に欲しいと言えるほど甘え上手でもないし、口に出した言葉が叶わなかったときの、喉から手が生えたような渇きは感じたくないと思うんだ。


「こんなにいい天気だと眠くなっちゃうね」
「さっきの授業寝てたろ?」
「…バレてた?」
「ずっと同じページ開いたままだったからな」
「ねぇ起こしてよいじわる」


口を尖らせて、なんて悪い女なんだろうか。そうやって無意識に女は女の武器とやらで周りを攻撃する。それがうっかり、俺の懐に入り込まれでもしたら俺は俺の武器である剣を抜く間も無くやられるんだろうな。情けないけど今の俺にはこいつに太刀打ちできるほどの技がない。剣ばかりじゃなく、こういうことについても教えて貰えばよかったんだろうか。ただ、あの連中はお国柄をサラッと無視した性格の奴らばっかりだから、俺が期待するような答えはもらえないかもしれない。

そもそも俺は一体何が聞きたいんだ。聞いてどうするんだ。"間合いに入ってきた女の斬り方"なんて質問に、答えられる奴なんて俺の周りにいるんだろうか。


俺が脳内でいろんなことを考えていると、「そういえば…」と声が上がる。頬杖をつき窓の外に視線をやっていた俺は、その声に反応して前を見た。同じようにこちらを向いていた女と、目があった。
リップクリームを塗っていた女が同じようにこっちを見てる。
塗りやすいように少しだけ開かれた唇はそれはそれはあざとく、ほんのりと赤く甘い香りがした。


「今日お誕生日なんでしょ?」
「…おぉ」
「お誕生日、何欲しい?」
「…おまえの唇」
「…………」
「…………」


俺がしまったなぁと少しだけ反省した頃には、勢いよく立ち上がった女の脚に押された椅子が豪快な音を立てて倒れた。
わたわたと椅子を直した彼女はタイミングよく聞こえたチャイムに素直に従いそのまま正面を向いてしまった。彼女の右の耳だけが髪の毛の間からちょこんと出ている。その耳が心なしか赤く思えて、口元がニヤリと上がった。

プリントを回すときもこちらを見ようともしない背中は、いつもよりピンと正されていた。気の抜けた背中しか向けられてこなかった俺にとっては、そんな些細なことで頬の筋肉が躍った。
照れると耳が赤くなるタイプか。今度はなんて言って照れさせようか。味をしめた俺の脳内ではたくさんの"いじわる"が浮かぶ。その度に尖らせる唇や膨れた頬を見て俺は満足感でいっぱいになる。小学生が好きな子をいじめちまう気持ちはこれか。俺はやっと小学生になったらしい。


その授業の全部の時間を、いじわるなことを考えるのに使った俺。有意義な時間だったと思う。仕草も、視線も、香りも、何もかもが俺の一歩先をいくあざとい女だと思っていたのに。野球ばっかりやってきた俺なんかは相手にされないと思っていたのに。恋愛スキルを何も学んでこなかった俺でも、照れた顔をさせられることがわかった今、その顔が見たくて見たくてたまらなくなった。伸ばせば手が届くかもしれないと微かな希望が見えてしまった。今実際に手を伸ばせば、ほら、背中に手が届く──


「ねぇ山本」


そろりと伸ばした手を引っ込めることもできずに固まった。振り向いてきた女は、一瞬、俺の手に視線をやり、艶のある唇を少し尖らせてこう言った。


「あとで、誰もいないところだったら…いいよ」


訂正。やっぱり俺はこの女にはどうやったって太刀打ちできそうにない。





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