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ーー


「……あぁ、てめぇの推理通りだ赤司」

赤司が口を閉ざすと、入れ替わりに東が話し出す。

「俺の目的は、お前ら……麗を見殺しにしたお前らに復讐することだ。だから、」

そこまで言ったところでーーー愛は何かがおかしいことに気付く。東が、僅かに口元を緩めて笑っていることに。
それはまるで、全てを諦めたかのようで。
そう察するのと……それはほぼ同時に起こった。

いつの間に紐を取っていたのか、東が立ち上がり愛に向かって走り出した。その手には、さっき奪った筈のナイフを持って。

「愛!」

あまりに突然のことで、日向は動けない。赤司は眉一つ動かさず、それを見つめていた。

「此処でみんな終わりにしてやるんだよぉぉぉ!!」

狂ったように叫ぶ東と、愛の距離はあと1メートル。

ーーーその時だった。

東の真後ろに迫る男がいた。



「ーーーンなことさせるかよ」



ナイフの切っ先が愛に吸い込まれる直前、その男…………青峰は東の頭部を、手加減なしに横から殴りつけた。
東の身体が真横に飛ぶ。
積み上がっていたダンボールの山に頭から突っ込み、派手な音と埃が舞った。床の上に、白目を剥いて伸びるのを確認して、青峰がホッと胸を撫で下ろしたーーー

「嫌ぁぁぁぁぁ!!」
「え?」

誰もが息を飲み、その光景……青峰の顔面に拳がめり込むのを見た。そのまま鼻から血を出して、その場に倒れ込む青峰はなんとも言えぬ間抜け顔だった。

ーーー
ーー


「すみません!ほんとすみません巡査長!!」
「許さねぇつーの馬鹿!女がナイフ持った犯人に殴りかかるなんて、どこの誰が予想するかよ!?」
「いえ、身体が勝手に反応したんですよ!」

事件が解決して数日後。
鼻に巨大な絆創膏を貼った青峰と、その原因を作った張本人……愛はとある場所に向かっていた。道行く人の視線が刺さりつつ、大声で口喧嘩をしながら。
誰もが、愛は絶体絶命だと思ったあの時。普通の女性ならば、足がすくんで動けずに硬直するだろう。しかし……愛には肩書きがあった。

"交番勤務をも免除され、異例の出世を果たした女刑事"という肩書きを。

故に、愛にとっては凶器を振り回しながら突っ込んでくる東など、足がすくむに及ばなかった。"自分で倒せる"、そう判断した愛は、なんの躊躇もなく拳を突き出した。しかしながら……その時、東はすでにダンボールに突っ込んでおり、入れ替わりにそこに立った青峰を誤って殴ってしまったのだ。

「……でも巡査長、ありがとうございました」
「……あぁ?」
「あの時、私を助けに来てくれたんですよね。ナイスタイミング過ぎて驚きましたけど」

愛がそう言うと、青峰は何故か苦笑していた。

「いや……実はよ、結構前から居たんだ」
「……へ?」
「いや、だから……赤司が推理している間に、あの扉の前まで来たはいいけどよ……その、中に入るタイミングがなかったというか」
「え、じゃあ……ずっと扉の外で、赤司さんの推理聞いてたんですか?」

愛が驚きを隠せずにそう聞くと、まぁな、と言って少し笑った。

「そうだったんですか……なぁんだ、ちょっとかっこいいと思ったのに」
「あ゛ぁ!?タイミング良くねぇと半減かよ!」

その後もあれやこれやと騒ぎながら、二人は目的の場所に歩いて行った。

ーーー
ーー


赤司征十郎は思い出していた。
あの事件の日、赤司は"協力者"ーーー黒子テツヤから、犯人が長澤愛を連れ去ったことを聞いた。そこで、赤司は至急その場所へ向かい、空き家に侵入した。そして、愛と日向が居るであろう部屋の前に辿り着き……赤司はこう指示をしたのだ。

ーーーテツヤ、"二人の手足を自由にしておけ"。

影の薄い黒子なら、誰にも気付かれずに紐を切ることなど容易い。そこまで考え、先に黒子一人を部屋に入らせたのだった。しかしその数秒後、東もまた部屋に入って行った時には流石に肝を冷やした。なんとか黒子が上手くやったようで安心したものの、一歩間違えれば危ないところだった。
だが、今赤司が気になっていることはそれではない。

「……日向、順平」

長澤愛と一緒にいた男の名前を、静かに呟く。捕まるまでの大まかな流れは聞いたものの、妙に納得出来ないのだ。
日向は長澤愛が、空き家に連れ込まれるところを見た。するとその直後、後頭部を殴られ気を失った。

ーーー犯人は、"二人いた"?

少し考えれば、東真吾一人でこれだけのことをやってのけたのは不自然なように思える。しかし、東は「全ての犯行は自分一人でやった」と供述しており、不審な点はないという。

「……ふぅ、」

自分はどうやら疲れているらしい。頭が上手く回らない。しかし、東も逮捕され、その手柄は青峰のものとなりーーー赤司の存在は伏せられた。
いつも通りだ。何も問題ない。そう思い、赤司は力の入っていた肩を下ろした。
ーーー赤司探偵事務所の扉が叩かれたのは、その直後だった。

「どうぞ」

入室を促すと、ガチャリと控えめに扉が開かれ……顔を出したのは、最近見たばかりの人物だった。

「おー赤司ぃ、久しぶりだな元気だったか?」
「……大輝、ほんの2、3日前に会ったのを忘れたか?」

赤司がやんわり指摘すると、「あー、そうだったな忘れてた」と呑気に欠伸する青峰。

「何をしに来たんだ。生憎僕は忙しい、遊びに来たなら帰れ」
「まぁまぁ、そんなせかせかすんなよ。それに、お前に用事があるのは俺じゃねぇよ」

言いながら、自分の背後に目を移す青峰。
そして、青峰の肩越しにひょこっと顔を出したのは……

「……あぁ、大輝を一撃で倒した君か」
「第一印象酷い!?」

赤司の言葉に、愛が多少青ざめながら突っ込んだ。しかし、そんなことはどうでもいいとばかりに、赤司は早速本題に移ろうとする。

「それで、何をしに来た?依頼でないのなら、さっさと帰ってくれないか」
「っ……依頼なら、ありますよ!」

赤司の棘のある言い方に、愛もむきになって言い返す。
ーーー正直、愛はまだ赤司を信頼しきっていなかった。
しかし、それでも愛には此処に来なければならない理由があった。

「私の……私の、"兄と名乗る人物"を探し出してほしいんです!」

赤司の表情は何一つ変わらない。それを見て、やはり断られるかと思ったが……赤司は無駄のない緩やかな動作で、二人に来客用のソファに座るよう促した。

「……詳しく聞かせてもらおう。赤司探偵事務所にようこそ」

そう言って、少し微笑んで見せたーーー。

ーーー
ーー


「死」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか?

恐らく、その対象となるものが「動かなくなった」状態のことを言っているのだろう。

では、「動かなくなった」とはなにか。

確かに心臓は止まっている。確かに肺は収縮しない。確かに脳は働いていない。

その「身体」は、確かに動いていないのだろう。

……では、「その人自身」は?

「身体」は燃やしてしまえば、目の前から消えてしまうのだから理解できる。

しかし、「その人自身」が消えるなんて、そんなことは確認できるのか?

証拠がない限り、消えたと断言出来ないだろう。

それ故に、「身体」は死んでも、「その人自身」は生きているかもしれない。

そんな可能性はないだろうか?

ーーー「死」とは難しい。

自らの命を絶った清水麗とAの二人。

「彼らの身体」は消えても、「彼ら自身」は今まさに幸福なのかもしれないーーー。



【完結】



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