日向の行動は迅速だった。突如目の前に現れた、東真吾から愛を守るような形で二人の間に割って入る。
ーーー東の右手には、鋭利な刃物が握られていた。
そこで、愛はとあることに気付く。その右手は、昼間愛とぶつかり倒れた時、真っ赤な血に染まっていた。負傷しているはずのその右手で、刃物を持っている上に綺麗な肌色をしている。これはどういうことなのか……愛が思案していると、煙草の匂いを漂わせながら口を開いた。

「……赤司征十郎」

忌々しそうに、その名を呟き唾を吐く。

「あいつのせいで、俺は大事なものを失った……あいつが俺から全てを奪った……」

声を荒げず静かに語る様子から、自分たちはこれから殺されるのだと悟る。東の表情は憎しみに満ちており……刃物を握る手が震えていた。その瞳から理性は消えており、まるで飢えて苦しむ獣のようだ。
じりじりと距離を詰めてくる東に、愛は問いかける。

「赤司征十郎って、誰ですか?」

その問いに対し、東は眉間に皺を寄せる。薄暗く狭い空間が、静寂に満たされる。愛は目に見えない圧迫感に押し潰されそうになりながら……ほんの2、3日前を思い出していた。
青峰から名前のみ紹介された、「赤司征十郎」という単語。
そしてたった今、東の口から飛び出た同じ単語。
こんな偶然があるものなのか……不思議な感覚と、死を目の前にした恐怖で思考回路が上手く回らない。少しでも時間稼ぎになったら、と考え発した言葉だったが……その期待は裏切られる。愛の問いを受けてもなお、東の瞳に理性が戻ることは一瞬も無かった。

「……んなこと、あの世に逝ってから知ればいい」

狂っているーーーこの男は、もう狂っているのだ。愛がもう駄目だと覚悟を決めるのと、日向が息を吸い込むのと、

ーーー"この状況において場違いな、どこか楽しそうな声"が聞こえたのは同時だった。

「やぁ、誘拐の次は殺人か。よほど牢獄に入りたいようだね」
「ーーー……っ!?」

目を見開いた。
息をするのを忘れた。
脳が疑問符で満たされた。

先ほどまで固く閉じていた扉。それがいつの間にかほんの少し開いていて、そこから微量の光が差し込んでいる。
そしてーーー東の真後ろに、"誰かが立っていた"。
薄暗くても色あせない、鮮やかな赤髪。東が振り返ると共に、……赤司征十郎は再度口を開く。

「低レベルな遊びは終わりだ」
「ッくぅ…………!!」

東が怒りに満ち溢れたように肩を震わせ、歯を食いしばる。そして……その右手を赤司に振り落とす。

「!?」

危ない、そう叫ぼうとした愛だったが、それには及ばなかった。そう来るのを見通していたかのように、赤司の動きは滑らかだった。細い身体のどこにそんな力があるのか、赤司は危なげなくそれを避けると東の右手を掴み止める。その勢いを利用して、自分の足を引っ掛け東を転倒させる。仰向けに倒れた東の上に馬乗りになり、奪い取った刃物をその首筋に軽く当てた。

「僕に刃物を向けるとは、いい度胸だ」

そこまでにかかった時間はほんの数秒で、怪しげに微笑む赤司。それを見た次の瞬間……東の瞳には、失っていた理性が戻っており恐怖の色が浮かんでいた。それを嘲笑うかのように、赤司は鼻を鳴らしてさらに言う。

「ここで殺されたくなければ、そのまま動くな」

有無を言わせない口調と圧倒的な重圧に、東は黙って頷くしか選択肢は無かった。それを確認し、そのままの体制のままで赤司は……愛に声をかけた。

「……長澤愛、だな」
「っ……!は、はい」
「君の紐で、この男の手足を縛れ。もう自由になっている筈だ」
「えっ……」

言われてみて、手足を動かすと……赤司の言う通り、愛に巻きついていた紐は切られ、自由となっていた。同じく日向の紐も切れており、驚いた表情で目があった。一体どうなっているのか、狼狽していると赤司が口を開いた。

「僕の命令が聞こえなかったのか?早くしろ。

それとーーー失礼、自己紹介がまだだったね。

僕の名前は赤司征十郎。

都内の某所で…………探偵をしている」




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