ーーー愛は思案に暮れていた。

なんとかして、この状況を打破しなくてはならない。しかし、東真吾とは誰なのか。過去の事件のことを、愛は全く知らなかったのだ。それ故に、愛の中で連続放火事件と、現在己が置かれている状況が繋がらず……結局行動を起こせずにいた。

「……にしても、臭いますねこの部屋……」

先ほどから気になっていたことを、隣で同じように転がされている男に零す。すると、そのーーー日向順平と名乗った男は、眉を顰めて返事をする。

「あぁ……煙草っぽいけど、なんか生ゴミも混じってるなこれは」

言われてみて意識すると、確かにそのような臭いがしなくもない。すぐにでも吐き出しそうになる臭いだ。

「……なんで私がこんなことに?」

愛は不思議でたまらなかった。自分は誰かに恨まれるようなことをしただろうか?
勿論、刑事という職業柄のため、人に恨まれることは百も承知している。しかしながら、愛は走り始めたばかりの新米刑事で、今まで大きな捜査に加えられた実績は一つもない。全くと言って心当たりがなかった。

それとーーー、

何よりも分からないことは、何故自分は"背後から近付いてきた敵"に気が付かなかったのか。愛は今までで例外的に、交番勤務をも免除され、いきなり署の機動捜査隊に配属された優秀な人材だ。にもかかわらず、あっさり敵の手中に収められてしまった。許されない失態であるーーー愛は何かしらの処分を受ける覚悟をもしていた。

「……あの、ところで日向さんは何故此処に?」

自虐的な考えを振り払い、もう一つの疑問を投げかける。すると、日向は苦笑しながら言った。

「あぁ……そうだな、見ちまったんだよ」

話によるとこうだった。
普段からほとんど人が通らない道…… 空き家が多いが、そのうちの一軒に愛が連れ込まれるのを見たという。そして、しばらく見つめていると背後から後頭部を殴られたらしい。そのまま気絶し、気が付いたら愛と共に、この部屋に転がされていた。

「……恐らく口封じのため、ってとこか。このままじゃ、殺されるな……俺も君も」
「え!?そんな……なんとかしないと!」

愛はざっと部屋の中を見渡した。なにか良い方法はないかーーーそう考えるが、周りは段ボールが積まれているだけだし、唯一逃げられそうな扉は固く閉まっていた。窮地に追い込まれている、といったところか。

「……俺、ちょっと見てくるわ」

突然そう言って、日向は手首が縛られている状態で立ち上がった。よく見ると、日向だけ足首は縛られていなかった。

「この臭い、段ボールの裏から匂うみたいだ」
「あ、はい……お願いします」

そう返事をしたあと……愛は「日向さん、」と付け加えた。

「あの、日向さんは全く関係ないのにその……ごめんなさい」

すると、段ボールの裏に回り込もうとしていた日向は立ち止まり、振り返った。

「……謝ることねぇよ。俺の運が悪かっただけだ」

愛を安心させるかのように微笑み、優しい声色で続ける。

「……なぁ、君のこと名前で呼んでもいいか?」
「…………え?」
「君の名前、教えてくれないか」

前後の脈絡がない質問に、当然戸惑うが……少し考えた末に、愛は返事をした。

「愛……長澤愛と言います」
「…………愛、か」

日向はまるで、噛みしめるようにその名前を呟き、「ありがとな」と笑った。そして、そのまま様子を見るため背を向けた。

……愛は違和感を感じていた。
自分はなにか、大事なことを忘れていないだろうか。なにか、思い出さないといけないのではないか。理由はないが直感的にそう感じ、自分の記憶を遡ろうとする。しかしーーー激しい頭痛がそれを邪魔する。

「……ぁあっ」

その痛みに顔を顰めるとーーー同時に、日向の悲鳴に近い驚愕した叫び声が聞こえた。

「!?日向さん!大丈夫ですか!」

愛もなんとか立ち上がろうとするが、両手両足の紐がそれを妨げる。そうしているうちに、しばらくここを離れていた日向が、慌てた様子で戻ってきた。その額には、ぼんやりと汗も見える。
そしてーーー驚きの事実を口にする。

「猫ーーー」
「……猫?」
「猫……たくさんの猫が、山積みになっていた」

ーーー"大量の、血を流して"。

それはすなわち、"死体"であることを意味する。愛はその瞬間、この生臭いような臭いの正体は猫の死体であると気が付く。でも、何故そんなものが此処にーーーと、疑問をぶつけようとした時だった。
固く閉まっていた筈の扉が、軋んだ音を立てながらゆっくりと開いた。そこから顔を覗かせた男にーーー愛は見覚えがあった。

「……ようやく目が覚めたか」

その男は、昼間署で愛とぶつかった、強い煙草の臭いがするーーー東真吾だった。




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