「そこで、Aは二つの問題点に気が付く」
雪が降る寒い昼間。
「赤司探偵事務所」と掲げられた一室で、その部屋の主は真実を語る。ーーー楽しそうに、ほんの少しだけ嗤いながら。
「一つは、火事を起こして仮に偽装に成功したとしても、その後自分自身が殺人の罪で警察に追われる身となること。そうすれば後は時間の問題。Aは逮捕されることになる。
もう一つは、清水さんを殺したことにすると、当然清水さんの戸籍は消えて無くなる。そうなれば結婚式は勿論のこと、生活していく上で色々と不都合が生じてしまうこと。どのみち、Aは清水さんと一生を得ることは出来ない。……そこで、Aはある決心をする」
そこまで言ったところで、赤司はおもむろに前髪を掻き上げ東を一瞥する。感情が消えたかのように錯覚する、不気味な光を放つオッドアイで。
「自らの手で清水さんを殺すーーーと」
「っう……ッ!?」
その言葉に最も敏感に反応したのは、他でもない東だ。先ほど青峰に殴打された頬に手を当てながら、両目を見開く。東のそばについていた青峰も、「んだと……っ!?」と動揺を隠せない。
「ーーーAはこう考えた。火事によって一時的に警察の目を欺くのは容易だ、しかし……いつかは自分は逮捕され、清水さんとは離れてしまう。それならば、いっそのこと自分の手で清水さんを殺し、自分も命を立とうーーーと」
「な、なんだよそれ!なんかおかしくねぇか!?」
赤司が導いた結論に、青峰が反感の声を上げる。
「普通自分が好きな女を殺そうとか思うか!?つーか、逃げ切るのが無理だって分かってんなら、最初からこんな計画するなよ馬鹿か!」
「……あぁそうだ。人間は馬鹿な生き物だ」
赤司が静かに言葉を紡ぐ。
「人間とは醜く愚かだ……時に判断を誤り、大罪を犯す。だがーーーそれが生きる為の唯一の道だったら?好きな女への愛の形、表現は一つだけとは限らない。時に例外も存在する……Aのように、死をもって愛を形にしたように」
そう語る赤司はあまりに堂々としており、この場にいる者の背筋をざわつかせ、脳に警戒音が鳴り響く。
「どんな愛し方が正しくてどんな愛し方が間違っているのか、それは誰にも分からないことだ。とどのつまり、僕は当事者が望む結末を受け入れたんだ。清水さんはAの手によって火事で死に、その後Aは自宅で喉を刺した。清水さんもそれを望んでいたんだ。何が悪い?何が間違っている?それで本人が幸福なら、それでいいじゃないのか」
「……赤司、お前…………"知っていた"のか?」
流ちょうに語る赤司の口振りは、
まるで、その一部始終を己の目で見てきたかのようで。
「……あぁ。勿論"知っていた"よ」
真実を、語り終えた。
「……どうしてッ、どうしてすぐ俺に言わなかった!」
床に倒れたまま、東が泣き叫ぶ。
「麗が殺されると知っていて、何故俺に言わなかった!!?」
「……僕は、貴方から依頼された"離婚訴訟の取り下げ"については、きちんとお伝えした筈だ」
「っ……!お前には情というものが無いのか!?」
「あぁ、無いな。……そもそも、大切な人間一人さえ守れない貴方の責任だ」
「なっ……!?」
「話は終わりだ」
大声で喚く東に無情な言葉を浴びせ、赤司はシャツの胸ポケットに手を入れた。
「ありがとうございました。また何かありましたら、是非ご依頼下さい」
胸ポケットから出た手に握られていたのは、手のひらサイズの数枚の紙。赤い文字で「赤司探偵事務所」と印刷された白い名刺は、ハラハラと宙を舞った。涙を流す東とそれとを目の当たりにしながら、青峰はただ立ちすくむことしか出来なかった。
こうして、この事件は幕を閉じた。
ーーー
ーー
ー
……筈、だった。
時間軸は、現在に戻るーーー。
愛が目を覚ましたのは、薄暗い部屋だった。部屋というよりは、物置き部屋とでも言うべきか。……古びたダンボールの山がいくつか見られ、壁や床は腐っているような木製だった。カーテンの無い窓から差し込む青白い光が、現在夜であることを教えていた。そこまで確認したところで、愛は何故自分がこのような状況に置かれているのか思い出し、その場に立ち上がろうとする。
ーーーが、それは叶わなかった。
両手両足を細い紐のようなもので何重にも巻かれており、無理に引きちぎろうとすると肌に食い込む。どうしたものかと思案を巡らせているとーーー突如、真後ろから話しかけられる。
「ーーー目が覚めたか?」
「ッ……!?」
かなりの至近距離から聞こえたそれに驚愕し、顔だけそちらに回転させてその声の主を確認する。あまりよく見えないが、黒髪の短髪で、銀縁の眼鏡をした男性のようだった。男性は愛と同じように縛られているようで、二人並ぶように倒れているらしかった。
「良かった。ずっと目を覚まさないから心配していたんだ」
「……あの、」
状況の整理が出来ていない愛に構わず、男性は続けて口を開く。
「打ち所が悪かったら死ぬ可能性もあるからな…………くそ、東真吾って奴はなかなか手荒い真似をする」
「東……真吾?」
「あぁ、そいつが気絶した…………君を、此処に運び込んだ」
「……ところで、貴方は誰……?」
ようやく愛が言葉を発すると、男性は緊迫した表情のままそれを口にした。
「俺は……日向順平」
その名前を聞いた途端、脳がピリッと痛んだ。