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時間軸は、一年前に戻る。
赤司が呟くのとほぼ同時に…………探偵事務所のドアが2回ノックされた。よすぎるタイミングに青峰が戸惑っていると、赤司は顔色一つ変えずに「どうぞ」と入室を促した。そして、ドアは鈍い音をたてながら開く。

「…………っ!?」

足を踏み入れた人物の顔を凝視し、音にならない声を発する青峰。

「ーーー探偵さん、」

その人物とは、現在警察が最も警戒している人物……東真吾であったからだ。東は低い声でそう呟き、フラフラとした足取りで赤司に歩み寄り、

ーーー胸ぐらを掴んだ。

「っ!おい!」

咄嗟に東を引き離そうと、青峰が足を踏み出した。しかし、それはたったの一歩にとどまった。

「動くな」

赤司が声をかけ、青峰を制したからだ。否ーーー「立ち止まることしか出来なかった」。はるかに低く、有無を言わせない無機質な声色。少しも取り乱さず冷静な判断。人を蔑むーーー情のない冷酷な瞳。
ゾワリ、と訳のわからない汗が背中を伝う。その表情は、劣勢であるにもかかわらず勝利を確信しているかの如く、何処か余裕すら感じられる。同じように東も感じたのか、その目から狂気の光は消えていた。そんな東に、シャツを掴みあげられたまま……赤司は語り出す。

「貴方は嵌められたんですよ。まだお気付きになりませんか」

淡々と、事務的な口調で。

「っ、嵌められ……!?」
「そうですか……どうやらお気付きでないようだ。ならば今から真実をお伝えしましょう」

そこで赤司は、自分のシャツを掴んでいた東の右腕を強引に離した。顔を歪め、あっさり引き下がる東。赤司は片手で身なりを整えながら……口を開く。

それは同時に、長い長い推理劇の幕開けだった。

「貴方は約一週間前、妻である清水麗さんが起こそうとしている離婚訴訟について相談に来た。依頼内容は、なぜ突然妻がそのようなことを言い出したのか原因を突き止めてほしいとのこと。それもそのはず、お話によると清水さんは心から貴方を愛し、いつも優しく思いやりに溢れ、誠実な方だったようだ。……そうですね?」

そこで一旦、東に確認をとる赤司。東は一度目を泳がせ、黙って深く頷いた。それを一瞥した赤司は、再び流ちょうに話し出す。

「貴方はそれが、清水さんの本意ではないと考えていた。……いや、そう思いたかったのでしょう。それ故に、彼女を微塵も疑っていなかった貴方は気づけた筈だ。…………第三者の存在に」

ーーー青峰は気付いていなかった。赤司の口角が、僅かに上がっていることに。

「……知らない、知らねぇよそんな奴ッーーー」

東が唾を吐きながら怒鳴る。……が、それは今にも押し潰されてしまいそうに弱々しいものだった。

「第三者とは、清水さんが以前お付き合いしていた男性だ。仮に名前をAと呼ぼう」

東の様子を気にする素振りは皆無で、赤司はそのまま話を続ける。

「Aは清水さんとよりを戻すことに成功した。そこで、貴方という存在が邪魔になったわけだ。Aは清水さんに指示を出し、警察に駆け込んで貴方に暴力の疑いをかけようとした。しかし、計画はあえなく失敗。だが、Aは次のプランを即急に実行する。
ーーーそれが、例の火事だ。
Aは最初……ダミーとして予め殺しておいた、猫を部屋に置き、家ごと燃やすことで死体の隠蔽を計った。清水麗は火事で死んだ。そういうことにして、駆け落ちを考えたのだろう」
「……ンなこと、あるわけねぇよ」

思わず、そう呟く青峰。

「確かに死体は、鑑識で身元の判別もつかねーほど燃えていたけどよ……あれは骨の形からして、成人した女の骨だった」
「大輝、話を最後まで聞け。早とちりするな」

赤司が呆れたように言った……その僅かな瞬間だった。今まで黙っていた東が、右の拳を赤司に向けた。その瞳から理性は消えている。全身の力が込められた拳が、赤司の顔まであと数センチ……まで迫った時、青峰が二人の間に割って入り、東の腕を掴みひねり上げた。そのまま腹に鋭い蹴りを入れ、脳天に頭突きを喰らわす。短い悲鳴をあげ、床に伸びるような形で倒れ込む東。

「……少しやり過ぎじゃないか?」

東を見下ろしながら、どこか心配しているような赤司。

「警察官が一般市民に暴力、なんて洒落にならないぞ」
「あー……ほらアレだ、正当防衛ってことで」

苦笑いしながら、肩を鳴らしそう言う青峰。

「……まぁ、意識はあるようだし、このまま話は続けさせてもらうよ」

踵を返し、優雅な足取りで自分のデスクに向かう。その椅子に腰掛けながら、

「つまらない話はさっさと終わらせよう」




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