ーーー某警察署。
この日は朝からざわついていた。特別大きな事件があったわけでもない。ただ1つのことを除いては、いつもとなんら変わらない日常だった。
その話題は、1人の「新人」について。
「………おい、知ってるか?今日配属される新人って女なんだと」
「女?まさか。ただでさえ、交番勤務をすっ飛ばしてきた前代未聞の昇任に驚いてるのに」
「警察学校じゃヤバかったらしいぞ。どれをとってもぶっちぎりの成績だったみたいだ」
ーーーなんだそれ。本物の化け物じゃねぇか。
同僚たちの会話に聞き耳を立てながら、自分のパイプ椅子にあぐらをかいて座っている……青峰大輝巡査長は心の中でそう呟いた。警察学校を卒業したら、手柄を立てるまで交番勤務をするのが通常である。また、そのような仕組みになっていた。
ところがその大事な交番勤務をせずに、青峰も配属されている、この刑事部への配属が決まったのだ。
前代未聞……まさに異例のことだった。
しかも、つい2、3ヶ月前に警察学校を卒業したばかり。半年くらい前までは、まだ大学生だった計算になる。青峰はボーッとしながら、高身長で筋肉ムキムキの、気の強そうな女性を想像した。
「……おい、青峰。お前の部下になる、優秀な女が来るっていうのに呑気なんだな」
突然、さっきまで噂話をしていた同僚に話しかけられる。
「んあ?……興味ねーんだよ。俺よりは劣っているだろうからな」
同僚を一瞥し、再び視線を戻す。
「なんだよ、気にならねーのか?……まっ、お前も似たようなもんだったからたいして珍しく感じないのかもな」
苦笑しながらそう言い残し、再び噂話に花を咲かせる。
「……俺も似たようなもの、か…」
先ほどの言葉をリピートする。……青峰は約1年前のことを思い出した。
警察学校時代はそこそこ優秀で、卒業後の交番勤務は一ヶ月で済ませ、この刑事部に配属が決まった。青峰もまた、前代未聞の圧倒的な早さでの昇任であったのだ。
「……俺と同じ境遇ってわけか」
嗚呼、面白い。
そう思い、自然と笑みがこぼれたーーー時だった。
ーーーがチャッ。
ドアがゆっくりと開き、ざわついていた部屋が一気に静かになる。入ってきたのは、この刑事部を取り仕切る宮地警部補だった。
「ざわついてんのが廊下まで聞こえてんだよー。仕事しろ仕事。轢くぞ」
開口一番、笑顔でそう告げた警部補に、次々と謝罪の言葉が投げかけられ、みんなが一斉にそれぞれ仕事を始める。青峰もあぐらをかいていた足を下ろし、渋々仕事に取り掛かる。
「次騒いだら窓から落とすからなー。……で、今日から刑事部に新人が配属されることになった。紹介する」
その言葉に、全員の視線がドアに集中する。
ーーーさて、どんな新人なのか。
警部補の「入れ」という声と同時にドアが開き、長く白い足が隙間から伸びた。
青峰はーーー言葉を失った。
入ってきたその女……いや、「少女」の容姿は青峰の想像とかけ離れていたからだ。
「今日から刑事部に配属になりました。長澤愛です。よろしくお願い致します」
身長は165あるかないか。体重は基準に達しているのかと疑いたくなるくらい、細い手足。透きとおるような白い肌に、それと対照的な真っ黒な黒髪。まだ幼さが残る、緊張で引きつった顔。……誰も想像していなかった、ふんわりとした雰囲気。
同僚たちも衝撃だったようで、再びざわつき出す室内。
「……うっせぇ!静かにしろマジで落とすぞ」
再び怒鳴った警部補の言葉に……部屋の中が静まり返って、物音一つしなくなる。
「青峰」
警部補に突然呼ばれ、「はい」と返事をして椅子から立ち上がる。
「こっちに来い」
指差したのは、少女の目の前。黙って向かい合うようにして立つと、「今日からお前の上司になる、青峰巡査長だ」と紹介された。
「青峰大輝だ」
もう一度自ら名乗る。……少女は大きな目をさらに見開いた。
「よ、よろしくお願い致します!」
俺を見上げるように顔を上げ、そう言ってから頭を深く下げた。
「紹介は以上。各自仕事に戻れ」
警部補の言葉でそれぞれ仕事に戻り、いつもの慌ただしい雰囲気が戻ってくる。ただ、俺だけは目の前の、まだ頭を下げたままの少女を見つめていたーーー。