新しい彼氏を紹介した日から、雅の様子がおかしい。普段柔和で、無口で物静かだけど不機嫌には見えない雅が、明らかに悪い機嫌をまとっていた。私の目を見ないし、話しかけて来る事が極端に少なくなった。
何なのよ、一体。
彼氏を紹介したのはこれで三回目だし、いつもと変わらなかったじゃない。彼氏が他校の子だから?いや、そんなの理由にならないもの。一つ思い当たるとしたら、手を握った事。でも、不機嫌になるって、一体どういう意味よ?手を握るくらい、私達は散々やったでしょう。小さい頃にだけど。
私は雅の家を出た私達を、雅が見ていた事にびっくりした。見るくらいならあまり驚かないけど、手を握る私達を見て、部屋に隠れたという事に。見てはいけない物でも見たようにね。



「え?お兄ちゃんが?」

不機嫌な雅の事を、同じ高校の一年に通う雅の妹に言ってみると、意外な答えが返って来た。

「家じゃ変じゃないの?」
「全然。ケイちゃんお兄ちゃんと喧嘩したの?」
「いや、私はそんなつもり無いんだけど…それに喧嘩したってミヤビが私に対してイライラをこれ見よがしにするなんて、すると思う?」
「思わない…。でも私全然気付かなかったよ?ケイちゃんの気のせいじゃない?」

気のせいとは、とても思えない。
けど不機嫌が私にだけ、という事ははっきりとわかった。私は妹に別れを言って教室に帰った。



私と雅の家は隣だった。だから幼なじみなのもあるし、母親同士が学生時代からの親友だったから、私達は産まれた時から親交があった。だから、帰る方向が完璧に同じ。
私は大抵、友達と帰っているけれど、友達が自宅の最寄りのバス停で降りれば、同じバスに乗っている雅は私のところに来ていた。違うバスに乗るときもあったけど、同じバスだったら必ずそうしていた。
なのに、今日は私に見向きもしない。気付いてないわけないのに、雅はつり革に掴まって、窓の外を見ていた。私は二人がけの椅子に座って「こっちを見なさいよ」と頭で唱えながらじっと見ていた。でも雅は私を振り返らなかった。
同じバス停で降りたのは私達だけだった。先に降りた雅は、10メートル先を歩いていて私に背中を向けていた。私はいつも雅の横か前を歩いているから、後ろを歩いて雅の背中を見てるなんて、久しぶりだった。
正確な事は覚えてないけど、小さい頃に私が雅の妹と喧嘩して、私が妹を叩いたので雅が怒って、私を公園に置いて帰った事があった。家は隣だったから帰る方向は同じで、でも雅は怒っていて、今みたいに少し距離をあけて歩いていた。あの時も、雅が私に怒っているのがわかっていたし、私は雅の機嫌を直したかったけど、謝る事が出来ずに背中をじっと見て歩いてた。
あの頃はまだ、私の方が背が高かった。雅は今も昔も線が細かったけど、今は私より背が高くて、背中が広くなった。それにもっと謝れなくなった。しかも今回は何故雅がこんな風に振る舞うのかわからない。
ちょっと悔しいのよ。いつも振り回すのは私だから、私が振り回されたら戸惑ってうまくいかない事が。雅はあんなに簡単に私の機嫌を直すのに。どうやってるのよ、教えなさいよ。
シカトしてたって、私をしっかり後ろに認知してるんでしょう、わざと私を振り返らないんでしょう。いつも優しいのに、突然そんな風にされたら、私はどうすればいいのよ。
悔しいけど、悲しいでしょう、私が。ねえほら、可愛い幼なじみがあんたの後ろで、あんたの事で泣いてんのよ。慰めなさいよ。
私は睨みをきかしたままで、泣きながら、雅の背中を見ていた。いつの間にか広くなった背中を。
その時、雅が突然立ち止まった。びっくりして私も立ち止まると、雅は私を唐突に振り返った。まさか振り返らないと思っていたので、ぐずぐず泣いてた私は頭が真っ白になる程慌ててしまった。
雅は怪訝そうな顔をした。それどころか、眉をハの字にして困り果てていた。

「どうしたの、ケイ」
「…そ、それ、私のセリフなんだけど…」

雅は私と取っていた距離を縮めて、歩いてこっちに来た。

「何泣いてるの」
「…何、怒ってるのよ」
「怒ってないよ…何、どうして?」
「その態度でしらばっくれないで、明らかに怒ってるでしょう…」
「怒ってないよ」
「私に嘘吐いても、無駄なんだけど…」

雅はとたんに黙った。やっぱり怒ってたのね。かまかけただけよ、本当に怒ってるか確かめたかったの。怒ってるんじゃない、図星だから黙ったんでしょう。
もう見られたんだし、止められそうになったから、私は泣くのを止めなかった。ぐずぐずと泣いてると、雅は妹を見るような目で、私の頭に手を伸ばした。頭を撫でて慰めてくれるつもりなのかと思ったら、頭に届く前に雅は手を引っ込めた。
そういえば、いつからだからか、雅と私はお互いに触る事をしなくなった。小さい頃はべたべたしていたのに、ちょっと触るのも避けている。私も無意識にそうだったかもしれない。触れる事のない距離で、一番近くにいたのよ。充分だったけど、今のは少し寂しいわよ。変に照れないで慰めなさいよ。あんたのせいで泣いてるのよ、何とかしなさいよ。

「ごめん、ケイ。帰ろうか」

そう言って雅は、手を出した。私は迷わずその手を取った。何よ、出せるんじゃないちゃんと。
しかし雅は何と、私が手を握った事で赤くなってる。可愛いじゃない。その姿に私が泣き顔でクスッと笑うと、雅も柔らかく笑ってくれた。そして小学生の頃みたいに雅に手を引かれて、私は家に帰った。
結局何を怒ってたのか知らないけれど、雅の機嫌の悪さはそれからなくなった。雅が私を泣かせないように機嫌を直した事だけはわかったから、いつか聞き出さないといけない。でも今はちょっと理由を聞くのが怖い。何でかな。この関係が崩れそうなんだもの。




いつの間に変わってたんだろう



written by ois







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