「気にしてないから」

嘘つけ。本当は困ってるくせに。

「うん、でもごめん」
「別に大丈夫だって」

何で雅は私にまだ気を使うんだろうか。まあ、性格なんだろうな。長男だし、お父さんは頼りないし。

「今度は借りたらすぐ返すからね」
「うん、そうして」
「先生怒らない?」
「大丈夫だって。怒られても俺は気にしないから」
「授業どうするの?」
「隣の人に見せてもらうよ」

そう言われて、私は二組の教室を見渡した。雅の隣の席は安東さん。結構可愛い。教室の入口で話してる私達をチラチラ見てる、超見てる。
こりゃ、また雅の隠れファンだろな。教科書見せて、なんて言われたらきっと内心大喜びで見せるんだろう。雅、気付けよお前。…気付かないんだろな。
昨日借りた教科書を思い返して、私は悔しい思いをした。昨日すぐに返してれば、帰りがけにでも思い出してたら、朝に思い出してたら。安東さんを少しでもその気にさせる危険を、呼び寄せなくて済んだのに。

「ケイ」

雅はぼんやり教室を見ていた私の前で、手を振って私の意識を現実に戻した。

「ああ、ぼーとしてた」
「眠い?居眠りして涎垂らさないように気を付けた方がいいよ」

雅は思い出し笑いをして、口をにやつかせた。笑うな、忘れろ!

「うるさい、あれは一度だけの事故よ」
「女の子として、どーなの」
「授業始まるから教室帰るわ。教科書の事本当にごめん」

私は不機嫌な顔のまま、そう言い残して二組の教室をあとにした。私の不機嫌な顔を見て、一瞬雅が「しまった」という顔をしたのを見たけど、謝らせてあげない。
私の事わかってるくせに、そうやって気にする事を言う方が悪いのよ。今までそれで何回喧嘩したと思うの。ちょっとは学習しなさい、ばか。
ちなみに涎を垂らしたっていうのは本当にただの事故。忘れ去りたい事なのよ。だって中学の頃の話よ?いい加減しつこいんだから。



次の休み時間、今度は雅が私のクラスに来た。今度は私がクラスメイトに言われて入口まで行って、雅がそこで待っておく番だった。雅は申し訳なさそうに笑っていた。

「ケイ、ごめん」

何でそんなに素直なの。何でそんなに純朴なの、私が汚いみたいになるからやめてよね。そんなんじゃ、30歳になっても童貞だよ。

「何の事?」

しらばっくれる作戦。もういいよ、気にしなくていいから。むしろその話題引っ張られても恥ずかしいし。

「しらばっくれる作戦だね」

バレてるし。だから、その気遣いが逆効果なのよ。

「…許す」
「わかってる」
「じゃあ何で来たのよ」
「ケイ、怒らせたままだったら怖いしね。教科書がずっと返って来なかったら困るし」
「そんな子供っぽい事しませんけど」
「はは、わかってる」

ああ…、わかってるわよ。全部わかってる、それに、わかられてる。
お互いを「わかる」のはもう、今まで何度となくやって来た。両親の次には付き合いが長い。言うなれば、雅にとって雅の妹達よりも私の方が付き合いが長いくらいなんだもの。数えきれないほど喧嘩して、仲直りしてるから、いまだに友達やってる。
お互いに相手の秘密をいくつも知っている。過去の恥ずかしい話をしだしたら、お互い身悶え級の物を持っている。それが脅しの材料になっていて、というか、それがあるからこそ、相手を怒らせてはいけないのだ。長い付き合いって、相手に自由になれる様で、実は逆なのよね。

些細な嘘になんか、もう意味がないほどお互いを理解してしまってるのよ。これ以上、私と雅の関係は動けない。むしろ喜ぶべきなんでしょうけどね、私はちっとも楽しくないわよ。何でかしらね。



小さな嘘さえ見抜けるほど



written by ois







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